第一章・チョコレート

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第一章・チョコレート

女優は恋人役だった男の死体に覆いかぶさり、マスカラが涙で流れが落ちるのも気にせず、洟水たらさんばかりに泣いている。私は心の中で、アンタが、その俳優をおろしてくれってプロデューサーに根回ししたくせにと、腹立たしい気持ちを鎮めるために、ゆっくりと深呼吸をした。 ディレクター、カメラマン、録音、照明のスタッフが、迫真の演技に息を殺して見入っていた。後ろのモニターでは、一緒に見ていた佐々木プロデューサーが「よし、いいぞ」と、両手を強く握り小声で呟いた。 ロケ現場はさほど暑くもないのに、佐々木プロデューサーが着ていた白いポロシャツの背中が汗でびっしょりと濡れていた。ずっと平静を装ってはいたが、彼も内心では、かなり動揺していたのかもしれない。 急きょ、私が担当している連続テレビドラマの脚本が差し替えられたのは、おとといのことだ。 あれは五日前の早朝六時。事務所兼自宅にしている代々木のマンションのベッドで、愛猫のクロと寝ているところを、ディレクターからの電話で叩き起こされた。三ヶ月かかった書き下ろしのドラマのホンが、若手女優の所属している大手事務所の圧力により、第四話以降を白紙に戻したいという連絡だった。 私は固唾をのんで見守る撮影スタッフを尻目に真っ青な空を見上げた。あまりに悔しくて、涙がこぼれそうだった。上空では春風とダンスをするように真っ黒なカラスが一羽飛んでいた。 その行方を追いながら、第四話は、なんとか撮影できたのだとホッと安堵する。ヒロインの相手役を事故死させるだけで体裁は整ったし、けれど、第五話からの展開は、どうすればいいのだろうと考えると、憂鬱になり不安で押しつぶされそうだった。 「先生、このシーン泣けますね」 私が横を振り向くと、アシスタントのひよりが知らない間に立っていた。 「めっちゃイイ演技してますよ」と、ひよりが耳もとで囁く。
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