1.最後の

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1.最後の

 今日が最後だ。  待ち合わせ場所である鏡張りのビルの前、エマは全身をチェックしながらそっと心の中で呟く。  今日のためにと着てきた淡い桃色のニットワンピースのタートルネックの先にちょっと指を引っかけ、エマは喉元に風を入れる。  そうすると少し気持ちがしゅっとした。喉元から手を離し、胸に落ちかかって来る緩く巻いた髪に指先を絡めながらエマはこちらを見返す自分に向かって唱える。  今日が最後。  最後の、デートだ。  今日が。 「ごめん、お待たせ」  華やかな声と共にぽん、と肩が叩かれ、エマは顔を赤らめる。 「ちょ……鏡見てるときはほうっておいてって言ったでしょ」 「あー、決め顔してるとこ見られるのハズいもんねえ」  からからと笑い、てんちゃんはエマの肩に腕を回す。そうされるとてんちゃんの香りがふわりとエマを包んでエマをどうしようもなく切なくさせる。  金木犀の香り。  金木犀の花言葉は「謙虚」「気高い人」。  てんちゃんらしい言葉ばかりだと思う。  彼女はとても謙虚で……そして気高い人。  自分の感情に引きずられず、いつもいつだって笑っている。  そんなてんちゃんだから好きだとも思った。  でも、それももう、終わり。 「大丈夫。今日もエマはとびっきり可愛いよ」  エマの心などつゆ知らず、てんちゃんは赤い縁のおしゃれ眼鏡の奥で大きな目を細めて笑う。 「てんちゃんに言われるとそうかなって思えるから不思議だよ」  笑ったエマの頭をてんちゃんは撫でる。  可愛くてたまらない、というように。そのてんちゃんの手を感じながらエマはてんちゃんに見えないようにぐっと拳を握りしめた。
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