悲しみの桜、なにゆえに咲く

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 大津麦(おおつむぎ)百合さんのお世話をして、もう七年が経つ。七度目の桜が咲こうとしている。 恵麻(えま)はヘルパーとして働き始めて十年。職場でもベテランのほうになってきた。大津麦さんは恵麻にとって、最古参と言ってもいいくらいのお付き合いだ。 足が悪くて車いすの大津麦さんを散歩に連れ出すのが恵麻の仕事だ。家族の愚痴も聞いてあげる。本当は、大津麦さんよりも、世話をしているご家族のほうが愚痴を言いたいんだろうけれど、そんな家族が一息つける時間を作るのも恵麻の仕事だ。 大津麦さんはよくしゃべるが、認知症の気があって、同じはなしを何度も繰り返す。恵麻も聞き流すようにしているが、それでもたまらない。ご家族はもっとたまらないだろう。  桜が咲くと、大津麦さんは家の近くの女子高に行きたがる。通りから奥まったところにある女子高は、校門までの桜並木が見事だ。 桜の時期じゃなくても、大津麦さんはここに来たがるが、桜の季節は絶対に譲らない。恵麻もなんとか別の場所へ連れて行きたいが、大津麦さんは頑として受け入れない。
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