遠慮のかたまり?

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こんな些細なことで、ここまで言い合いになるのか、と思った。 今日は、親友である健人が、20歳を迎えた日だ。 健人の誕生日会ということで、俺を含めた 親友4人で健人の家に集まっている。 「いやー、ついに俺たちも20歳になったな」 そんなことを言ったのは、友人の蒼真だ。 俺たちは小学一年生の時に知り合ったので、 かれこれ15年ほどの付き合いになる。 すると、それを聞いた友人の大輝が 「せっかく20歳になったんだから、居酒屋で飲み会でもしようぜ」 と言った。 俺たちは、これまでお酒を飲みに行ったことがなかった。 確かに、法律的に認められたのだから居酒屋に 行ってもいいかもしれない、と思った。 「良いけど、どこに行くの?」 「駅前にたくさんあるだろうから、行ってみようぜ」 健人の誕生日会を早々に切り上げて、 全員で駅へと向かった。 「どこがいいとか、知ってる人いる?」 俺が聞いたが、誰も答えなかった。 20歳になったばかりで居酒屋に詳しい人なんて いないのは当然だな、と思った。 「翔太は、知ってるのか?」 聞かれたが、知っているわけがなかった。 「適当に行ってみて、声かけられたりしたら そこにしようぜ」 俺がそう言うと、全員が納得したようなので 駅へと向かった。 駅にはいくつか居酒屋があるが、一切声を掛けられない。 「なんか、声かけられないな?」 「そもそも最近はキャッチも厳しくなってるって 言うし、俺たちなんてガキに見えるから余計に声が かけられないのかもな」 そんなことを、健人と大輝が話していた。 すると、蒼真が誰かと話をしていた。 「何してるの?」 「ああ、そこのお店で飲み放題を安くしてくれないか 話してたんだ。うまくいきそうだから、行こうぜ」 どうやってキャッチの人の懐に入り込んだのかは わからないが、安くしてくれるなら、と思って キャッチの人が案内してくれる居酒屋へと向かった。 「居酒屋なんて初めて来たよ。 ところで、みんなお酒は飲めるの?」 「お酒を飲んだことがないから、自分がどれくらい 飲めるかなんてわからないよ。でも、大人に なったんだからあれはやっとくべきだよな?」 蒼真が、ニヤけながら言った。 「あれってなんだよ?」 「わかんないのかよ。とりあえず生、だよ!」 その言葉を聞いて、思わず吹き出してしまった。 確かにテレビなどではよく聞いたことがあるが、 まさか自分たちがやるとは思っていなかった。 「そうだな、まだどんな酒がおいしいかなんて わからないし、みんなもそれでいいか?」 俺が言うと、全員が頷いたので生ビールを頼んだ。 「じゃあ健人、誕生日おめでとう! そして、かんぱーい!」 そう言って、全員でビールを飲んだ。 「初めて飲んだけど、話には聞いていた通り、 やっぱり苦いな」 そんなことを健人が言った。 「この苦味が良いって言うよな?」 俺が言うと、健人が笑いながら 「でも、これをうまいと思えるのはもう少し 先かな?」 と言った。 誰も肯定も否定もしなかったので、そう感じたのだろう。 「お酒以外にも色々頼もうぜ」 大輝が言ったので、そこから 色々と頼みだした。 「さすがに、個別で定食を頼んだりはしないよな?」 「そもそも、居酒屋に定食はないだろ」 みんなでそんな話をしながら、適当に各々が 食べたいものを頼む。 そこからは、和やかな雰囲気での飲み会が続いた。 そして、飲み会もある程度進んだ時点で大輝が言った。 「よくさ、こういう時に最後の一個を誰が食べるのかで 揉めるって話を聞いたりしない?」 確かに、その類の話は聞いたことがあった。 だが、さすがに俺たちの関係性でそれはないだろうと思った。 「そういうのは、あんまり仲良くない人たちの 飲み会で起こるんだろ?俺たちはさすがに 大丈夫だよな」 そんなことを言いながらテーブルを見ると、 注文していたから揚げがちょうどあと一個になっていた。 「ちょうど、このから揚げが一個になってるぞ。 誰が食べるかは・・・わざわざ言うまでもないか」 俺は、一息ついてから箸を伸ばそうとした。 「おい、何やってんだよ!」 全員が、同時に声を出した。 さすがに驚いて、箸を引っ込めてしまった。 「おいおい、なんでだよ。 このメンバーのリーダーは俺だろ? だから、最後の一個は俺が食べて良いはずだよな?」 俺が言うと、大輝が笑いながら 「翔太がリーダーだなんて、誰が決めたんだよ。 百歩譲って、誕生日の健人に譲るというなら わかるけど、普通に考えて俺だろ」 と言った。 「いやいや、なんで大輝なんだよ」 俺が言うと、みんなが頷いた。 「え?だって、今日の飲み会を開こうって 言ったのは俺だよ?そしたら、俺に権利はあるよな?」 確かに、飲み会を開催しようと言ったのは 大輝だが、別に奢ってくれると言うわけでもない。 「別に、大輝の奢りとかじゃないだろ」 そう言ったのは、蒼真だ。 蒼真が続けて 「翔太も大輝もおかしいだろ。 なんで譲ろうって気にならないんだ?」 と言った。 そして 「普通に考えて、俺だろ」 と付け足した。 「は?なんでだよ」 「え?みんな、知ってるよな? 俺、この間彼女ができたんだよ?」 確かに、その話は聞いた。 だが、なぜここでその話を持ち出したのだろうか。 「だから、祝いとして俺に渡すのは当然だよな? 健人は誕生日だから祝いの気持ちはあるけど、 誕生日なんて誰にでも年に一回は来るし」 それを言うなら、彼女だって作ろうと 思えばいくらでも作れるだろう、と思ったが、 蒼真にとっては初めての彼女だった。 「いい加減にしろ、お前ら!」 机を叩きながら、健人が怒鳴った。 普段は温厚な健人が大声を出したので、 全員が驚いて健人を見た。 「大人になって、から揚げ一つで喧嘩を するのはよそうぜ?ここは、誕生日である 俺に渡すってことでいいじゃないか、な?」 その発言に、思わず笑ってしまった。 つまりは、最後のから揚げを寄越せと言う ことではないか。 「いやいや、まさかお前らがこんなに ケチだとは思わなかったわ・・・」 「こっちの台詞だわ・・・」 そんな感じで、ピリピリとした空間になった。 「よし、じゃあもうじゃんけんで決めないか?」 俺が言うと、全員が首を横に振った。 「じゃんけんだったら、そりゃすぐに決まるけど、 負けた人の気持ちを何も考えてないだろ」 「そうだよ、運だなんて不公平だ」 大輝と蒼真が言った。 「じゃあ、どうしたいんだよ?」 俺が聞くと、全員が下を向いた。 不服はあるが、解決策はない、では、 子どもと一緒ではないか、と思っていると 健人が 「じゃあ、プレゼンをしないか?」 と言った。 望むところだ、と思い、俺は 「じゃあ、俺からいいか?」 と言った。 周りが頷いたので、プレゼンを始めた。 「まず、俺がリーダーだということについてだ。 確かに、健人は今日誕生日なのだから祝うべきなのかも しれないし、今回の飲み会を企画したのは 大輝なのだから、むしろ今日のリーダーは 大輝なんじゃないかと思うかもしれない。 だが、考えてほしい。 日々のこのメンバーでの集まりの時に、 最初に声を掛けるのは誰だ?決まって、俺じゃないか? 健人の家に集まろうと言ったのも俺だよな? 祝いの日ではあるが、祝ってあげようと言った俺こそ、 リーダーにふさわしいんじゃないか?以上だ」 俺がここまで言うと、周りが拍手をした。 「お、拍手ということは、負けを認めたってことで いいのか?もらうぞ?」 「いやいや、あくまでもプレゼンに拍手をしただけだよ。 次は誰がやる?」 すると、大輝が手を上げた。 「次は、俺がやっていいかな?」 先ほどの話の流れで俺が大輝を否定するような 言い方になっていたことが気にかかったのだろう。 「とりあえず、今回の飲み会を企画したのは俺だよな? そこについては、みんな同意してくれるよな?」 そう言われたので、頷いた。 「もうこれだけでも俺が食べてもいいとは 思うんだよ。確かに、いつも遊びの声掛けは 翔太がするけど、翔太はリーダーじゃないんだろ? で、彼女ができたとか言ってる蒼真は置いておくとして、 俺と張り合えるのは誕生日の健人くらいだ。 でも、その健人を祝おうって声を上げた俺に 権利はあるんじゃないかな?」 そう言いながらやってのけたというような 顔をしているが、なんとも納得がいかなかった。 だが、今回は誰も拍手をしなかった。 「で?残りの二人はプレゼンできるの?」 「今のプレゼンには確実に勝てるから、やるよ」 そう言ったのは、蒼真だ。 なんともいえない空気になってしまったが、 どうにかできるのだろうか。 「まず、みんなに聞きたいんだけどさ。 誕生日って何回来るかな?」 誕生日のことを回数で数えたことはなかった。 「人生80年なんて言葉があるくらいだから、 80回は来るってことだよな?1年に1回の こととはいえ、それだけの回数があるってことだ」 回数だけで捉えれば、確かにそうだ。 「で、人生の中で彼女ができる回数って 何回だと思う?」 人によって違うだろうな、と思っていると蒼真が 「もちろん人によって違うとは思うけど、 少なくとも彼女が80回できることって ないんじゃないかなって思うんだよ。 そういう意味では、彼女が出来た俺の方が 祝われるべきなんじゃないかな?しかも、 初めての彼女だよ?」 と言った。 回数だけで言えば納得はできるが、 どれだけ祝いたいかのレベルが違うだろう。 それでも面白かったので、一応拍手をした。 「ここまで来たら全員聞こうよ。 健人、いけるか?」 すると、健人が立ち上がった。 「お前らの意見、どれも面白く聞かせて もらったよ。とりあえず、全員論破していくな?」 穏やかではない言い回しだな、と思っていると 「まずは翔太」 と言われた。 「お前がリーダーだって?百歩譲って それは認めてやるにしても、こういう時に 他のやつに渡せないで自分だけ良い思いをしようってのは 良いリーダーとは言えないんじゃないか?」 そう言われて、言い返す言葉がなかった。 「次に、大輝。確かに、飲み会を開こうって 言ったのはお前だ。でも考えてほしい。 そもそも、なぜ飲み会を開こうって思ったんだ? 俺が誕生日だからだよな?」 そう言われて、大輝も黙った。 まさしく、図星だったのだろう。 「そして、蒼真。正直に言って、お前が一番ない。 彼女ができたから?それで言うなら、彼女ができた 記念ってことで飲み会を別に開いてくれ。 そもそも、から揚げくらい彼女に作ってもらえば いいじゃないか」 その言葉に、思わず全員が歓声を上げた。 「となると、俺への誕生日プレゼントって ことでいいよな?」 言っていることは真っ当なのだが、 それでも全員が納得しなかった。 すると、健人が 「もういい!じゃあこうするよ! すみませーん、から揚げ一つください!」 と言って、店員にから揚げを頼んだ。 「ちょ、おい・・・」 「これで、最後の一個じゃなくなるだろ? 皆で仲良く食べようぜ」 ここまでのやり取りを楽しんでいたのに、 という思いはあったが、確かにこれが 一番不満のない解決法かもしれない、と思った。 そしてしばらくすると、から揚げが届いた。 「さぁ、これでもう言い合いはなしにして、 食べようぜ」 先ほどまでのプレゼンの内容について お互いの文句を言いあいながら、食べた。 すると、そのから揚げも最後の一つとなった。 新たに頼んだから揚げまで食べて、全員の 意見はまたしても一致した。 「「「「誰か、最後の一個食べろよ」」」」
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