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雷都と家族と
人生初の出産から数時間が経った頃、華蓮は布団で横になったまま庭を眺めていた。
出産直後は子供が産まれた感動や身体が疲れ切っていたこともあって、しばらく呆然としていた。
産婆や春雷たちが産まれたばかりの子供を診ている間に疲労から少し眠ったつもりだったが、いつの間にか熟睡していたらしい。目を覚ますと明かりが消された薄暗い部屋には誰もいなかった。
身体を動かす気力まではまだ回復していないので、池の周りを飛ぶ蛍を目で追い、鈴虫の鳴き声を聞いている内に、ようやく実感が湧いてきたのだった。
(春雷と私の赤ちゃん、産まれたんだ。私、産んだんだ。春雷の子供を……)
目を閉じれば、初めて聞いた我が子の産声が耳の奥から聞こえてくる。
これまでもテレビや映画などで何度か出産シーンを見てきたが、実際に自分が苦労して産んだ我が子の産声はそんなテレビや映画以上の感動と歓喜で胸が溢れそうになった。
それは出産の間、ずっと華蓮の手を握ってくれていた春雷も同じだったようで、産婆が取り上げた我が子の姿に目を潤ませたまま言葉を失っていたのだった。
春雷が握ってくれていた手の甲や掌には、今でも春雷の爪の跡が付いており、心なしか掌の熱まで残っているように感じられたのだった。
そんな自分の手を胸の前で大切そうに握りしめていると、誰かが部屋にやって来たのだった。
「睡蓮。起きたんだね」
「雪さん……」
雪起は足音を立てないように部屋に入って来ると、華蓮の隣に正座をする。
「気分はどう? 具合が悪いとか、必要な物は無い?」
「大丈夫です。あの雪さん……」
睡蓮が身体を起こそうとすると、すかさず雪起が手を貸してくれる。雪起に手伝ってもらいながら華蓮が上半身を起こすと、枕元にあった上着を肩にかけてくれたのだった。
「どうしたの?」
「雪さんって、男性……だったんですね」
中性的な美貌を持つ春雷の異母弟は、華蓮の言葉に儚げな笑みを浮かべたのだった。
「雪さんが連れて来た犬神の女の人、最初は産婆さんの助手さんだと思っていました。そうしたらその人が自ら名乗ったんです。『私は雪起の妻です』って」
「そうだよ。黙っていてごめんね。本当は睡蓮がここに来た時にすぐ話そうと思ったんだけど、言い出す機会がなかなか無くて……」
陣痛が始まる直前、産婆の指示に従って華蓮は部屋で横になると安静にしていた。
春雷も産婆に言われて必要な物を用意しており、一人になった華蓮は何となく気持ちが落ち着かなくて外を眺めていた。すると、家を出て行く雪起の姿を見かけたのだった。
どこに行ったのかと考えていると、すぐに犬神の女性を連れて戻ってきた。その後、陣痛が始まり、何も考える余裕が無くなったので、女性とは何も話せずにいたが、子供が産まれた直後に全身汗を掻いた華蓮の身体を清め、着替えを手伝ってくれた際に言葉を交わしたのだった。
「怒っていません。最初に言われていたら、きっともっとパニックになっていました。春雷や雪さんとも親しい関係になれなかったと思います」
思い返せば、春雷は一度も雪起を妹だと言わなかった。同じく雪起自身も春雷を兄とは呼んでいたが、自分を春雷の妹と称したことはなかった。全て華蓮が勝手に勘違いしていただけ。
春雷よりも高く華蓮よりも低い声と、春雷よりも低く華蓮よりも高い身長、そして女性と見紛うような愛らしい顔立ちやストレートの長い濡羽色の髪に、雪起は女性だと先入観を持ってしまっただけだった。
「ここに来たばかりの頃、兄さんに怯えた睡蓮が縋り付いてきたでしょう。そんな睡蓮を見ていたら言い出せなくなって……。それを見ていた兄さんも話さない方がいいって」
春雷に「初めて」を奪われたと知った時、部屋の外から様子を見ていた春雷を怖がって、雪起に抱きついてしまった。子供のようにずっと泣いていると雪起が頭を撫でてくれたので、甘えるようにされるがままになっていた。
そんな華蓮の様子を見ていた二人が気を遣ってくれたのだろう。
「それでも勘違いしていたことで、雪さんに迷惑を掛けたことに変わりはないので……すみません」
「謝らなくていいよ! わたしもようやく兄さんに恩返しが出来たから嬉しかったんだ。兄さんには子供の頃にたくさん助けてもらったから……」
「雪さんが春雷に?」
雪起は何度も頷く。
「子供の頃は今よりもずっと女の子みたいな見た目だったから、よく他のあやかしに虐められていたんだ。その度に兄さんが助けてくれた」
今でも女性のような容姿に加えて、華奢な身体付きをしているが、子供の時はもっと女の子に似ていたのだろう。華蓮たち大人の女性からしたら愛でたくなるが、子供からしたらそうは思わない。雪起を自分たちとは違う異質なものと見做して、排除しようとしたのかもしれない。
外見以外にもあやかしの中でも嫌われ者の犬神ということも少なからず関係しただろう。
春雷の過去も壮絶なものだったが、雪起も相当苦労したに違いない。
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