雷都と家族と

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「……する。呼びかけても起きないよ」 「警察でも呼ぶか。酔っ払って廃社に寝ている人がいるって」 「そうするか。このままだと、風邪を引くからな」  華蓮の意識が浮上してくると、目の前には中年の男性二人が話し合っているところだった。 「ここは……」 「おっ。起きたのか、お嬢さん」  目を擦りながら華蓮が身体を起こすと、どこかのうらぶれた拝殿の石段に寝ていた。雨が降り止んだのか、ところどころ割れた石畳には水溜りが出来ており、目の前の男性たちが持つ傘からも絶えず雫が落ちていたのだった。 「呼びかけても起きないから警察を呼ぶところだったよ。酔っ払いか家出人だと思ってさ」 「す、すみませんっ! 雨宿りをするつもりが、いつの間にか寝てしまったみたいで……!」  華蓮はまだ鈍い頭を必死に働かせる。確か彼氏と喧嘩して部屋を飛び出して、行く当てもなく雨の中を歩いていた。  いつの間にかこの辺りに迷い込んでいて、雨が止むまでここで雨宿りをしたところまでは覚えている。そこから先が思い出せなかった。  ただ、なんとなく長い夢を見ていたような気がした。楽しくて、温かな夢を――。   「自宅までの道は分かるかい?」 「多分、分かると思います。あの……ここは商店街ですか?」 「そうだよ。もうほとんどのお店が閉めちゃったけどね。昔は賑わっていたんだよ。この神社で祭りがある日は商店街中が活気に溢れていてね」  男性たちは古くからこの近くに住む住民らしい。ここに立ち寄ったのも神社を始めとする閉店した店に悪戯をする不審者がいないか見回りをしている最中に、拝殿の石段で眠る華蓮の姿を見つけたからとのことであった。   「ここは商売繁盛の神社ですか?」 「いや。五穀豊穣を祀っていたそうだよ。後は動物憑きや呪いを祓う役割を担っていたとか」 「動物憑き?」 「今時の若者は知らないかな。昔は不幸が続いたり、動物の真似をしたりすると動物が取り憑いていると言われていたんだよ。有名なところでは犬神とか」  犬神、という単語に胸を締め付けられるような思いになる。忘れてはならない何かを感じるが、それが何か思い出せない。  胸が苦しくなって涙が溢れてきそうになるのを、華蓮はぐっと堪えたのだった。 「犬神……って、今でも存在しているんですか?」 「まさか。そんなの迷信だよ。昔は運が悪かったり、精神的に疲れておかしな行動をしたりすると、動物が憑いていると言ったってだけの話しだから」 「そうですよね……」  どこかしっくりこないまま、華蓮は男性たちに続いて拝殿を後にする。鳥居から出た時にどこからか鈴の音が聞こえた気がして、華蓮は足を止めると振り返る。今にも崩れてしまいそうな廃社には誰の姿も無かったのだった。  正面に向き直ると、華蓮は石段を降りて行く。数段降りたところで左手に目線を移した華蓮は、小さく声を上げると足を止めてしまったのだった。 「なに、これ……」  寝ている間に噛まれたのか、華蓮の左手の甲と薬指には犬に噛まれたような歯形が薄っすらと残っていた。特に薬指についた歯形は華蓮の指を一周するように付いているようだった。 (まるで指輪みたい……)  薬指に刻まれた歯形の指輪をじっくり眺めた後、掌を握り締めると残っていた石段を駆け降りる。  後ろ髪を引かれる思いのまま、華蓮は彼氏と同棲する部屋に戻ったのだった。
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