なぜこんなことになったんだ

1/1
前へ
/1ページ
次へ

なぜこんなことになったんだ

 ぼくの目の前に、この世の最後のスイッチが鎮座していた。  目覚めたら、世界はぼくを残し、すべて滅んでしまっていた。  なんだ。なぜこんなことになったんだ。  人間も、文明も、生物も、植物も見当たらない。  本当に、誰もいないのか。  当面の食料は、どうすればいいんだ。歩けば、何か見つかるだろうか。  せめて、飲み水だけでも確保しなければならない。このままでは、死んでしまう。 「まずは、高い土地を見つけて、あたりを見渡し、状況を把握しよう。隆起している場所が見つかれば、そこに水場がある可能性がある。見つからなければ、砂が白っぽくなっている場所を見つける。そこを掘り続けていたら、水がわき出る可能性があるから——」  ハッと息を呑んだ。  なんだ。今、ぼくの口からこぼれてきた知識は。  マンガとゲームにしか興味のない、天涯孤独のぼくが、どうしてこんなことを知っているんだ。  おかしい。何かが変だ。  こんなこと、コールドスリープする前のぼくだったら、知りえなかったことだ。  思い出せ。  なぜ、こんなことになったのだったか。  ぼくは順を追って、記憶をたどっていった。  ぼくは『とある子ども』のことを思い出した。  美しい金髪碧眼で、小学三年生くらいの見た目だった。  目があうと、どきっとするほどの整った顔立ちだったが、男だったのか、女だったのかは、最後までわからなかった。  そうだ。あの子どもだ。  ぼくはあの子どもによって、百年間、コールドスリープさせられたのだ。  百年前。ぼくは、とある研究機関の治験バイトに応募し、見事に合格した。  そこに現れたのが、金髪碧眼のあの子どもだった。  話によると、子どもは若干、九歳にして、海外の大学に飛び級で合格。  世界中から『神童』と呼ばれる超有名人らしかった。  つまり、ぼくは子どもによって行われる治験バイトの被験者となったのだった。  だが、その時は、まったく心配などはしていなかった。  何しろ、ぼくなんかよりも何倍も頭のいい人間の役にたてて、しかも普通のアルバイトの何十倍もの給料がもらえる。  むしろ、得しかないと思っていた。  子どもは、コールドスリープの機械をさし、ぼくにこういった。 「見て! これが、わたしが開発した『熟成装置 ジーニアスくん』でーす。すげーっしょ!」 「えーと、熟成?」 「パンを寝かせることを熟成っていうでしょー? ひつじなんて数えなくても、すやすやーって眠れますようにって、つけたの!」  神童と呼ばれているらしいが、子どもじみた性格に変わりはないらしい。  だが、周りは天才と認めているわけだから、ぼくの治験は安心安全に違いないだろう。  ぼくは、安心して百年の眠りについたわけだ。  だがしかし、結果はこれ。  いったい、何が起きたんだ?  何もない世界。コールドスリープの機械も、すっかり劣化し、壊れる寸前だ。  あるのは、目の前のスイッチのみ。  押すしかなかった。  ぼくは若干の躊躇を振り切り、スイッチを押した。  すると、空間にVRの映像が浮かびあがる。  それは、あの子どもだった。  子どもはいたずらをし終わったような、満足げな顔で、手を振っている。 『スイッチ、押してくれたんだね。よかった!  わたしの実験に付きあってくれて、ありがとー!  ようやく、生まれたときから構想を練っていた研究が日の目を浴びたよ。  あなたが眠りについた、<天才を生み出すための熟成装置>は、わたしの最高傑作なの!  そして、あなたが今押したのは、わたしの最後のメッセージを伝えるためのスイッチ。  わたしは、この星が滅ぶのを事前に聞かされていたの。  わたしはなんとか、この星に留まり、滅亡を止められないかと思った。  でも、かの国は、わたしを他の星へ移民させるといったの。  抗うことは、許されなかった。  急がなきゃ、って思ったよ。  そこで、大天才のわたしは、ひらめいた。  この世に生まれ落ちたときに、思いついた計画。  赤ん坊のころに思いついたものだから、バカげた計画だなーって、思ってたけどさ。  でも、実行するなら今しかないと思った。  この星の未来を繋ぐ方法は、これしかない。  あなたは、生まれ変わったこの星の、最初の人類にして、最初の天才となるんだよ。  わたしが作った、<天才を生み出すための熟成装置>によってね!  熟成された天才的頭脳で、この星を再生して!  頼んだよー!』  映像は、全力で手を振っている子どもの笑顔で終わった。  ぼくは、息をのんだ。  なんて、ことだ。  こんな子どものいたずらに巻きこまれてしまっただなんて。  ぼくはこんな子どものせいで、こんな草一本も生えていない星に放り出されてしまったのか。  しかし、子どもによって強制的に天才にされた頭脳は勝手に次々とアイデアを出してくる。  そして、天才には理解力がある。強制的に天才にされたぼくの頭脳は、この状況をすぐに飲みこんでしまったようだ。 「なんてこった。この方法なら、滅びた星を再生できそうじゃないか? 本当に、ぼくが最後で、最初の人類になるのか? いたずらが飛び級すぎるだろ、あの子ども……」
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加