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姉の人形になれるのは今日で最後なのだろうか、と姉の脱いだ着物を肩に掛けられながら思う。
素肌を隠しもしない姉は笑って「よく似合う」と僕の頭を優しく撫でた。
「あんたと私、似ててよかった。もしあんたとの子が生まれても、私に似たのねって言えばそれで済むもの」
億劫そうに髪をかき上げながら、なんてことなさそうに姉は言う。
まあ確かに姉は明日結婚してあの男に抱かれるわけで、僕の子なのか相手の子なのかなんてわからないだろうけど。
ああ、あの男と姉が、ああ……考えたくない。どうしようもないことだ。それとも、僕がもう少し大人なら、姉の手を引いて逃げられたのだろうか。
そんな僕の考えを見透かしたのだろうか、現実に引き戻すように姉はさっと着物を僕から剥ぎ取った。
「あんたの背中は龍を掘るのにちょうどいい広さだね」
さっきまで姉の爪が痛めつけていた僕の背中を姉が楽しそうになぞる。
「私が結婚したら、ここに龍を掘りなさい。私からの最後の命令。龍は一人でどこまで好きに登っていける生き物だから。あんたもそうなりなさい」
「……そこに姉さんがいなくても?」
「そうね、雪は空から降るもので、もう空には戻れないもの」
これからは一人で生きなさい、と言われたようなものだった。
「どうせなら、もっと姉さんに痛めつけられたい」
姉の手を取りながら、爪先に口づける。この手を取って汽車に乗り込むこともできない僕がせめて出来ることだった。
「そうね、まだ誰も起きる時間じゃないから」
おいで、と姉が僕を布団の中に誘う。僕はもちろん逆らわずに、そして姉に少しの重さも感じさせないように布団に潜る。夜明けはまだ遠かった。
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