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村の泉
「あのね!このいずみにはね、ふしのかみさまがいるの!」
「不死の……神様?」
俺は、死体を見るのに飽きたという幼い男の子に手を引かれ、村の少し離れたところにある泉を訪れていた。人殺しと子供を二人きりにするなんて……とは思ったが、殺される心配もないのかと妙に納得した。
「そうだよ!かみさまのおかげでね、ぼくたちはしなないんだよ!」
俺は「物知りだね。」と言って、その子の頭を撫でてやった。神の力……か。
「みんなはね、"し"はただのつくりばなしだっていうの。そんなの、こどもですらしんじないって!でもね、ぼくはしんじてるの。おじちゃんは、しをみたことがあるんでしょ?あれは、にせものじゃないもんね?」
「ああ、本物だよ。……って、そんなに死に興味があるなら、あっちに戻った方がいいんじゃないか?」
「んーん。あれじゃだめ。だってあれは、うまれたときからああいういきものなのかもしれないし……うー……じょうずにいえないけどね、いきているひとがしぬところをみたいの!そうじゃなきゃ、しがほんとうにあるっていえないもん。」
子供は、「ねえ、おじちゃん。」と俺の手を握る。
「ぼくをむらのそとにつれていって!」
「は……はぁ!?」
「それでね、ぼくのみたいものをみるの!」
「理にかなってはいるけど……そんな、おじちゃんが勝手に連れてっていいものかわからないから……。」
「やだー!つれてってー!!」
子供は地面でジタバタとする。駄々っ子め……!
「ああ、わかったわかった。連れて行くから。ほら、服汚れちゃうから起きて?」
「ほんと!?つれてってくれる!?」
返事をしようとしたそのとき、ゾロゾロと人がやって来た。何かを取り囲むような体勢になっている。
「え?な、なんだ……?」
「おじちゃん、こっち!」
子供に招かれるまま、茂みに隠れる。暗闇に目を凝らすと、囲まれている……もとい運ばれているのはあの男だとわかった。俺が殺した、あのクズだ。
瞬間、人々は遺体を泉へ放り込んだ。
「!?」
泉の神への捧げ物にでもするつもりだろうか?そうでなければ説明がつかない。遺体を泉へ投げ込もうなど──
そんなことを考えていたその時、泉から腕が這い出た。
「うわあああ!?!?」
俺の殺したあの男が咳をする音が聞こえ、男が泉から全身を出したのが見えた。俺は咄嗟に子供を抱きかかえて走り出す。
不死村を通り抜け、看板を過ぎ、道なき道をただ走った。ある時木の枝に足を引っかけ、子供の頭を腕で守りながら道に倒れ込んだ。
「お、おじちゃん!?だいじょうぶ!?どうしてきゅうに、むらからでたの!?」
「普通、死人ってのは生き返らないんだ!!死んだら最後、もう自分で動くことはない!それなのに、アレは……アレは……!!」
「──泉から出て息を吹き返した、って?」
聞き覚えのある声に、恐る恐る振り返った。声の正体は、俺が殺したはずの男だった。どうして、どうしてコイツは生きている!?これは夢か?現実か……!?泉の神の力によって生き返ったとでも言うのか!?
「う、嘘だろ!?なんでこんなに早く追いつくんだよ……!!」
「そりゃ近道くらい知ってるよ。地元民だからね。」
「は……?地元民?」
「そうさ。俺の出身はあの不死村だ。」
俺の脳裏に、あの青年の話が過ぎる。不死村出身の人間は、死ぬことがない……という話が。
「心当たり、あるだろ?だって、お前を案内したあの男の名字と、俺の名字……同じだし。」
ライトで照らされた男──上野の顔には、確かに笑みが浮かんでいた。
「第一、名前からして違和感くらい覚えなかった訳?俺の名前は上野藍一、弟のアイツは上野藍二だっていうのに。」
「そ、そんなことはどうだっていい!お前、死んでいたはずじゃ……!?それに、体だって、殺した後バラバラにしたはずだ!!なぜ繋がっている!?」
「泉の神様の力だよ。あれは村の人間を不死にするだけじゃなく、体を再生させる力をも持つ。お前がこの村で証拠隠滅しようとしなければ、俺は体を再生出来ないまま生き続けることになっていた。」
「う、嘘だ……うそだ……。」
藍一はジリジリと近寄ってくる。逃げないと、そう思ってはいるのに、腰が抜けて足に力が入らない。……コイツ、手に何か……斧!?
「あのまま村に留まっていれば、死ぬことはなかったのにね。……チャーオ♡」
まずい、逃げないと殺される、逃げないと、逃げないと、逃げないと逃げないと逃げな
青年に手を引かれたまま村の子は、振り返って言った。
「おじちゃん、しはほんとうにあったんだね。みせてくれてありがとう!」
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