人殺し

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人殺し

 人を殺した。  俺は生田(いくた)、人殺しだ。  誰を殺したのか?簡単に言うならば、間男だ。俺の妻と不倫した、真性のクズともいう。ある日、妻には言わずにソイツと接触したところ、認めて開き直った上で俺を罵倒したり、妻を都合のいい女だのなんだとの言ってきて……ついカッとなって、殺してしまった。  今俺は遺体を遺棄するため、森へと車を走らせている。とにかく人気がないことで有名だ。明かりや道標も一切なく、幽霊やらゾンビやらが出るとか、訪れた者は二度と帰ってこないといった都市伝説まである森。そんなものを信じる(タチ)ではない俺は、真っ先にこの場所を選んだ。……なぜ警察に行かないのか?悪いのはコイツで、コイツは死んで然るべき存在だからだ。そんな奴を殺したからといって牢屋に入れられるのは、理不尽だとすら思う。罪人に罰を与えただけの善人が裁かれる道理など、無い。  車を停めた俺は、まだ重みのある死体を担いで足を進めた。  殺してすぐ、脱脂綿を買って、遺体の肛門に詰めた。死後の筋肉の緩みで、便が出てくるかもしれないと咄嗟に想定したからだ。そんな一瞬の判断をくだせたのは、年の功というやつだなと妙に自分で納得したのを強く覚えている。その後は体をバラバラにし、それぞれゴミ袋を三重にして、そのゴミ袋達を麻袋に入れてある。すぐに処理をしたおかげなのか、いわゆる「死臭」は一切せず、血の匂いもそこまでしていない。 「ふぅ……ふぅ……これだけ奥まで来れば、大丈夫か……?」  俺は息も絶え絶えに、小声で呟いた。月明かりも一切届かないので、昼間も木漏れ日に照らされることがあまりないだろう。俺は頭に取り付けていた、ヘアバンド型のランプを木の枝にかけて、持っていたシャベルで土を掘り始めた。  掘り始め……ようとした。 「あのぅ。」  俺は叩かれた肩をビクッと震わせて、慌てて振り返った。俺の影がその人に落ちているために、顔がよく見えない。 「!?は、はい……?」 「迷っておいででしょうか?僕、この辺には詳しいので、帰り道を案内しましょうか?」  遺体を見られては困ると思ったのと、相手の顔を確認したいと思ったので、俺は先程枝に掛けたライトを装着した。そして光が彼の目に直撃しないよう、咄嗟に斜め下に傾けた。 「いえ、大丈夫で──」 「おや、これはこれは!!」  青年はしゃがみこむ。……そうだ、しまった!!ライトを傾けたせいで、遺体が照らされてしまったのだ。 「あ、そ、それは……!!」 「これは死体ですか!?本物!?ああ、これを棄てるためにこの森にいらしたんですかね!?」 「え?ええ、まあ……はい。」  青年の異常な反応に、俺は驚く。いくらこの森に詳しかろうと、遺体を棄てに来た男と二人きり。危険な状況のはずだ。しかも、どうして遺体を見て、こんなに嬉しそうなリアクションをするんだ……? 「あ、あのっ、折り入って頼みがあるんです!この遺体を……いえ、遺体そのものなんて烏滸がましいですから……一部でいいので、僕にくださいませんか!?」 「ええ……!?」  異常だ。その辺の大学生にいそうな容姿故に、異常さは際立つ。彼は異常な犯罪者か何か?死体の趣味がある?それとも、俺を騙して警察に突き出すつもりか?……この辺に詳しいと言ったくらいだ。きっと、俺と同じ考えで遺体を棄てに来る奴もいるだろう。これは、そういう奴を摘発するための演技? 「失礼ですが、何に使うつもりですか?」 「村の子供に見せたいんです!」 「はぁ?」 「……?ああ、自己紹介が遅れました。僕はこの先にある不死村(しなずのむら)で教師をしている、上野(うえの)です。」 「しなずのむら?」 「はい。その名の通り、人の死が無い村です。村で生まれた人は、村の外に出ても死ぬことはありません。それに村の外で生まれた人も、不死村にいれば死ぬことはありません。」 「な、何を言っているんだ……?」  不死村?人が死なない村?……この男はイカれている。 「ええ?言った通りですよ。ですから村の子供は、人は死ぬという現象を全く信じていないのです。そこで僕は、教育の一環としてその遺体を使いたく思います。」 「……よ、よくわからないが、こんなのくれてやる。警察に俺のことを言わないでくれれば、それでいいから。それじゃ。」 「ええ!?いけませんよ、おもてなしさせてください!お礼がしたいんです!!」 「嫌だ。どうしてもって言うなら、その村出身の奴が死なない証拠でも見せてみろ。俺はそんな夢みたいな村の存在なんて、証拠なしに信じられない。お前の妄言を信じて、ノコノコ着いて行くほど俺は阿呆じゃ、な──!?」  俺は目を見開いた。青年の服に血が滲んでいた。いや、滲むなんて程度じゃない。血の色一色に染まっていた。 「お、おい!?何やってんだよ!?」 「どうでしょうか。証拠になりますよね?外の人間はこんな風に心臓を刺せば死ぬのに、不死村出身の僕は生きていますから。」  恐ろしいほど落ち着いた声に、開いた口が塞がらなくなった。本当に、男の胸にはシャベルが突き刺さっていた。それも、柄まで。 「信じていただけますか?足りなければ、もっと刺しますが……。」 「わ、わかったわかった!信じるからもうよしてくれ!!うっ、血の匂いが酷い……!!」 「やった!では来ていただけるのですね。めいっぱいおもてなしさせていただきます!」 「うう……もうどうにでもなれ!!」  俺は男に案内されるまま、その村に赴いた。
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