村の子

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村の子

 道中、「不死村(しなずのむら)」とハッキリ書かれた看板が目に入る。 「こちらです。皆ー!帰ったよ!」  上野は高らかに、その看板の先へ声をかける。俺は、本当にそんな村が存在するのかと半信半疑のまま、周囲の音に耳を澄ませた。 「わーい!先生おかえり!」 「先生、鬼ごっこしよー!」  たちまち、平均して七歳くらいの子供達十人ほどが上野に駆け寄った。 「先生、そのおじさん誰?」 「シワだ!顔にシワがある!」 「凄い、凄い!」  子供達の注目はやがて俺にも向かう。……し、失礼だな……!! 「すみません。この村で生まれる人は、生殖が出来るようになった少し後で老いなくなるので……顔のシワなども物珍しいんです。」  小声でそう謝られて、「なるほどな。」と俺も水に流すことにした。……子供達の容姿も至って普通だ。本当にここは、不死だなんて異常な習性がある村なのか?そう思いながら上野の背を睨みつけたその時。村の更に奥から、手にランプを持った少女が現れた。  結構タイプだ。顔も胸も脚も、かなり良い。縦線の入ったニットで、特に胸の大きさが目立つ。……これくらいが一番好きだな……。 「あら、アイジさん。そちらはお客様……かな?初めまして。私はウツギです。」 「初めまして、俺は生田です。」 「生田さん……素敵な名字ですね。」  俺は鼻の下を伸ばしながら、「いやーそんなことは。」だとか、「ウツギさんだって可愛らしい名前じゃないですか。」だとか宣った。それにしても、上野の下の名前はアイジ……か。そう考えていた時、ウツギは叫ぶ。 「──って、アイジさん血(なまぐさ)い!!」 「ごめんごめん、不死村出身の人が死なない証拠を出してほしいって言われてさ。」 「もう、せめて服を脱いでからにして。お洗濯、大変なんだからね。」  こんな美少女が「服を脱いでからにして。」なんて。大胆なセリフを言うものだなと少し興奮した。来客にそんなことを思われているとはつゆ知らず、アイジとウツギは話を続けていた。 「──その方、死体をお持ちなの?」 「そうそう、この麻袋に入ってるんだ。」 「え!?死体!?先生、それホント!?」 「絶対嘘に決まってるよ。だって、人が死ぬなんてことある訳ないもん。死なんて絵本でしかないんだから、現実に死体があるはずない。」 「そうだそうだ。先生、それマネキンなんでしょ。それで、きっとそのマネキンに先生の血を塗ったんだ!!」 「先生、僕達そんなのに騙されるほど子供じゃないよー!」 「そうよそうよ!」  村の子供が、死が実在することを信じないというのは本当のようだ。じゃあ、不死も本当……?いやいや、そんな訳……。 「ところがどっこい。本物なんだ。警察に遺体がバレると不都合だからって、このお兄さんが森に持って来たんだ。ですよね、生田さん?」 「え?あ、ああ……。」  言い方からして俺が悪人のようで面食らっている間にも、子供達は「このおじさんが?」とか「おじさんすごーい!」とかキャイキャイ騒いでいる。まだ偽物だと思っている子もいるようだが、経緯に納得したのであろう子供達は俺を褒める流れになっていた。 「ねー先生、それ重い?」 「うーん、僕的にはそこそこかなぁ。そうだ、皆で持ってみよう!」  口調が微笑ましい分、内容の恐ろしさが際立つ。本当に、死体を教育に活かしてやがる。上野は「せーので持ち上げるよ!」とか言って、子供達もそれに従う。……ここの子供達にとって「死」とは、俺達側で言うエイリアンやユーフォーといった「未知のもの」なのだろう。未知のものに少年心を擽られる気持ちは、経験上理解出来る。が、これは(タチ)が悪すぎる……。 「生田さん。おもてなしの準備が出来ましたので、お好きなタイミングでいらしてくださいね。」 「!うん。わざわざありがとうね。」  声をかけて来たウツギに軽く返事をすると、ウツギは丁寧に頭を下げる。 「さあ、じゃあ焚き火の近くでじっくり観察しようね。皆、ノートと筆記用具を持っておいで。死体っていうのは、日が経つほど──」 「朽ちるんでしょー!知ってるもん!」 「違うよ、腐るんだよ。本に書いてた。」 「二人とも違うよ!虫に食べられるんだ!」 「皆何言ってるの?溶けて土に還るんだって。」 「──うんうん、皆ちゃんと勉強が身についていて偉いね。先生も死体を観察するのは久しぶりだから、先生と確かめようね。あ、生田先生、これの死因が何か教えていただきたいんですけど……。」 「せ、先生?」  どうやら俺は、おじさんから先生に昇格?したようだ。それにしても、死体を「これ」呼ばわりとは……。死という概念を知らないがために、命の重みなんかもわかっていないのだろうか?まあ俺もしても、これを人と扱いたくはないが。 「首を絞めたら死んだから……ん?何死?」 「ちっそく?」 「かなぁ……。」  あどけない顔で恐ろしいことを話す子供にも、俺はいつの間にか慣れてきていた。
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