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【1章・クラウドベイビー0040カナンの場合】
カナンは毎日、脳が一番心地いいと感じる音楽で目を覚ます。続いて聞こえてくるのは、穏やかな女性の音声だ。
「おはようございます、クラウドベイビー。ゆっくり深呼吸をして、両手を突き出して」
聴きなれた自動音声の指示に従い、カナンは両腕を前に伸ばす。
「呼吸を整えながら、殻を突き破って。光が見えた? それじゃあ、目を開いて世界に挨拶をしてみよう」
声に合わせて両手を前に突き出し、柔らかいゴムのような膜に指を押し当てる。すぐに生ぬるい膜が裂け、まばゆい光を瞼に感じた。
「おはよう、ゆりかごたち」
午前7時、起床。
目を開いたカナンは、カプセル型のベッドで体を起こして伸びをした。
「完璧!」
AI音声を聞き流し、いつものように紺色のジャンパースカート型の制服に着替える。
「おはよう、小鳥たち。おはよう、隣のおじさん、おばさん」
いつものように窓を開き、いつものように隣の家の庭に向かって手を振る。
「やあ、クラウドベイビー0040。今日も完璧な一日が始まったね」
カナンの呼びかけに、男性AIは白い歯を見せて笑った。傍らの女性AIはいつものように、彼の腕に手を添えている。
挨拶をすませて部屋を出ると、天井や窓際の照明に指を向けた。曲げた人差し指の動きに合わせ、照明が順番に点いていく。
「おみごと!」
AI音声が消えたタイミングで、いつものように洗面所に向かう。蛇口をひねって顔を洗い、歯を磨き、洗濯機を回す。
「やるじゃん!」
「最高!」
「ばっちり!」
カナンの行動に合わせてAIが評価をつけていく。
時刻は7時15分。完璧だ。
ダイニングに向かうと、乾いた音が響いた。
「おはよう、カナン!」
陽気な少年の声と同時に、紙吹雪が視界に散らばった。
「おはよう、ケニー」
カナンはダイニングテーブルに目を向ける。子守用AIテディベアのケニーが、椅子の上で黄色いクラッカーを掲げている。
「今日も最高の一日が始まるよ、カナン」
彼は踊るように飛び跳ねた。
「当然だよ。だって今日は?」
「カナンの誕生日だよ! いえーい!」
茶色いふわふわの手を、ケニーは頭上にあげた。カナンはその手にハイタッチをする。
「おめでとう、カナン。最高の一日にしようね、パーティーだ!」
飛び跳ねたケニーの動きに合わせ、天井から花吹雪が降り注いだ。紙吹雪も花吹雪も、床に落ちるとすぐに消えていく。
4月30日。今日はカナンの特別な日だ。
「でも、その前に学校に行かなきゃ」
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