ほのかな期待(橙堂 side)

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ほのかな期待(橙堂 side)

月の下旬になり、1年の早さを感じた。赤坂くんと出会ってもうすぐ2年。彼も受験生になるから、あまり部活にも来れなくなるかもしれない。勉強が大切だから学業を優先して欲しいと思う反面、会える頻度が少なくなるのは寂しいと思ってしまう。 冬から春にかけたこの時期は、より一層もの寂しさを感じる。別れの春でもあり、出会いの春でもあるからかな。でもこうして美術部員の子達とお話ししたり、赤坂くんや黄崎くん、黒井くんとも接することができてよかった。教師をしていると生徒達の卒業は寂しくもあり、成長を感じるから嬉しいものだ。 放課後、美術室にある絵を整理していた。昔の自分の絵を見ていると、下手だなと思いながらも懐かしく思える。1人で過ごす時間も、こうして絵に囲まれていると時間を忘れて思い出に浸れる。 そんなふうにしばらく絵を収納していると、美術室のドアが静かに開かれた。 「先生、お疲れ様です!」 「お疲れ様、赤坂くん」 赤坂くんが優しい笑顔を浮かべてやって来た。ああ、今日も部活に来てくれた。彼との放課後のひとときが、俺にとって何よりの幸せだ。 「あ、今日も絵の整理ですか?」 「うん。定期的に見返したくなるんだ」 「先生が描いた絵ですよね?相変わらずめちゃくちゃ上手いなー」 「いやいや、そんなこと言われると照れるね」 また赤坂くんは俺の絵を褒めてくれた。画力に自信のない俺に、彼はいつも勇気をくれる。温かくて穏やかな気持ちになれるんだ。 「あの、この人は先生の知り合いですか?」 彼が指さすのは、1人の男性のイラスト。爽やかで若々しい男性。俺の元恋人・和臣の絵だ。思わず胸がドキッとしてしまう。 「うん。俺の昔の友達だよ」 「そうなんですね。前もこの人の絵を見かけて……結構何枚もあるし、先生って風景画が多いのにこの人の絵はよくあるから、先生と親しい人なのかなって」 さらに心拍数が上がる。まさか赤坂くんにそんなところを見られていたなんて。 確かに和臣と付き合っていた頃、よく彼の絵を描いていた。和臣は俺の絵を好きでいてくれて、しょっちゅう描いて欲しいと言っていたんだ。 親しい人。友達。間違ってはいない。もう別れて何年も会ってないけど、ひた隠しにしているわけではないし、赤坂くんに和臣の話をしないのは……何だか気が引けた。だから、俺はありのままで答えることにした。
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