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その日、紗良は帰宅するなり営業先から直帰し先に夕食を作っていた静流に文句を言った。
「ほんっと!!ああいうの心臓に悪いんでやめてもらえます?」
「仕方ないでしょう。定期的に愛妻家を気取らないと、効果が薄まる」
玉ねぎを切っていた静流は包丁を作業台に置くと腰に手を当て、紗良の批判を甘んじて受け入れた。
虫除けスプレー代わりに、ほいほい妻への愛を振り撒かれては困るのだ。
効果抜群過ぎて、課内の人間からは愛妻家を超えて狂妻家と呼ばれていることを静流だけが知らない。
「紗良さん、怒ってますか?」
紗良の機嫌を損ねたと思ったのか、静流は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
……ずるい。これだから顔が良い男というのは得をしている。紗良の怒りのボルテージは徐々に下がっていった。
「駅前のパティスリーのシュークリーム二つで……手を打ちます」
「二つも食べるんですか?」
「いいんです。今は甘い物がすっごく食べたい気分なんです……!!」
静流は食材を一旦冷蔵庫にしまうと、スマホと財布だけをもち、シュークリームを買いに駅前へと出掛けて行った。
紗良は自室に入りすぐさまベッドにダイブした。枕に顔を押し当て、足をジタバタと上下に動かす。
(もう!!なんでいつも動揺しちゃうのよ!!いい加減慣れろよ、私!!)
静流は本気で妻への愛を語っているわけではない。あれはお芝居。女性を遠ざけるためのお芝居。それは紗良だって理解している。
理解しているのにいちいち反応してしまう自分が憎らしい。
(何でこんなややこしいことになったんだっけ……?)
紗良は静流と初めて会った時のことを思い出そうとした。
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