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「ほのかさんには言っていなかったのですが、実は新しい職場では……既婚者のフリをしたいんです」
「既婚者のフリですか……?」
「はい。前の職場では……その……色々とあったので……」
静流の表情がみるみる曇っていく。
何があったか気になるものの、ここは聞かない方が賢いのだろう。聞いたところで先ほど知り合ったばかりの紗良に正直に話してもらえるとも思えない。
「あのう……既婚者を装うのが目的なら私とルームシェアまでする必要はないのでは?」
「昔から、なぜかその気もないのに女性に執着されることが多くて……。取引先の女性に仕事帰りに家までつけられたこともあります。一緒に暮らしている女性が実際にいれば、万が一でも独り身だと疑われないでしょう?」
あーなるほど、と妙に納得してしまう。
静流の容姿はテレビでよく見るモデルや俳優と遜色ない。むしろ一般社会にいる分、その特異性が更に際立つ。
丁寧な口調からは実直な人柄と頭の回転の速さが垣間見える。おそらく、相当仕事もできるはず。
ハイスペックな静流をなんとしてでも射止めようと、過激な行動に出る女性がいてもおかしくはない。
「恥を忍んでお願いします。私とルームシェアをしてもらえませんか?架空の妻を演じることにご協力頂ければ家賃は折半ではなく全額お支払いします」
静流は思い詰めたように目を伏せた。本当に困り果てているようだった。
紗良はまじまじと静流を見た。静流の表情は固く強張っていた。この部屋に足を踏み入れてから、彼が表情が柔らかく緩むところを一度も見ていない。
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