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プロローグ
「高遠課長の奥さんってどんな方なんですか?」
集合研修が終わり六月に配属されたばかりの新人達は驚くほど怖いもの知らずだった。
ついこの間まで大学生だった彼らには業務よりも目上の人への口の利き方と、プライベートにはみだりに立ち入らないことを教えるべきだと、三船紗良は思った。
高遠静流にプライベートの話題……特に彼の妻に関する話題を振ってはならない。
これは営業部第二課全員の総意だった。理由は単純。……聞くに耐えないからだ。
「真っ直ぐでとても可愛い人ですね。見ていて飽きません」
惜しげもなく惚気を聞かされ新人達はきゃーっと黄色い悲鳴をあげた。
「いいなあ〜。高遠課長の奥さんになりたーい」
「私も〜!!」
「ハハハ。私は世界中の誰よりも妻を愛していますので、慎んで遠慮します」
「ん、ぐふっ……!!」
仕事中に騒ぐ彼らの脇をすり抜けようとしていた紗良は不意打ちで愛の台詞を食らい、デスクの角に強か腰を打ちつけた。
「三船さん、大丈夫ですか?」
「へ、平気です!!」
腰をさすり痛みに悶えながら、件の課長をチラリと仰ぎ見る。心配そうに紗良を見つめるその額にデコピンでもしてやりたい。
紗良は人知れず心の中で毒を吐いた。
(静流さんってば、ここに私がいるって絶対わかってて言ったでしょ!?ひどい!!)
静流の左手の薬指につけられている結婚指輪。その片割れを持っているのは他ならぬ紗良である。
しかし、静流と紗良は結婚などしていない。二人の関係はただの同居人。
そう、紗良は静流の〈架空の〉妻なのだ。
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