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翌日、少女が磔桜の元へ行くと、以津真天はそこにいた。少女は破顔し、彼に駆け寄る。
「来てくれたのね」
「俺はこの集落に、ずっと憑いている。いつまでも、いつまでも」
「そう。ありがとう」
礼を言い、自分の羽に寄り掛かる少女に、以津真天は困惑する。長い間この世に存在するが、人間とこんなに穏やかな時間を過ごすのは、初めてだった。
月日が流れ、満開の桜が咲き誇る季節。少女と以津真天は、花見をしていた。といっても、花見気分は少女だけで、以津真天は桜になど興味がない。
「綺麗ね。ね、あなたも食べる? あ、食べさせてあげようか?」
少女が団子を差し出すと、以津真天は眉間に皺を寄せる。
「そんなものはいらん」
「美味しいのに」
少女は膨れ面をして、団子を頬張る。
「ねぇ、桜、綺麗ね。ずっと咲いてたらいいのに。それこそ、いつまでも」
「生あるものは、いずれ滅びる。俺は幾万もの命が消えていくのを見てきた」
「いつまでも、とは言ってくれないのね」
少女は寂しそうに笑う。
数年後、少女は大人びてきた。長い時を彼女と過ごした以津真天からすれば、彼女が大人びたのは外見だけで、中身は子供のままに思えた。
少女はここにいる間、ずっと以津真天に寄り添い、ポツポツと気ままに話しをする。以津真天は適当に相槌を打つ。それだけ。
それだけの日々が、小さな楽しみにしている自分に驚いたが、たまには人間と戯れるのも悪くはない。そう思い始めた。
ある晴れた日、晴れ渡る空とは真逆の顔で、少女はトボトボやってきた。
「母さんが、母さんがね……」
泣きぬれた声で、少女は言う。
「母さんが、死んじゃったの……」
病弱と前に聞いた。以津真天はいつ死んでもおかしくないと思っていたので、別段驚きもしない。
「『お前のせいで、最悪な人生だった』って、最期にそう言って、死んだの……。村の人達も、お前のせいだって、石とか、投げてきて……」
少女をよく見ると、あちこち傷だらけで、服にも穴があき、ところどころ血が滲んでいる。
「私、生まれてこなかったほうがよかったのかな……?」
少女が顔をあげると、赤紫色のアザの上に、赤黒い血が塗りたくられている。
彼女の傷を、泣き顔を見た瞬間、以津真天の中にどす黒いものがドロリと流れた。
「人間は愚かだ、いつまでも、いつまでも」
「皆のこと? それとも、私のこと?」
「好きなように取れ」
少女は地面に突っ伏し、幼子のように泣きじゃくった。以津真天は彼女をその場に残し、羽ばたいた。
行き先は、集落。
「あの家の母親、死んだんだって? 疫病だって噂だ。近づかないほうがいいだろう」
「娘も死んでくれりゃ、万々歳なんだがな」
「まったくだ。あの親子が集落に転がり込んでから、ろくなことがない。作物も育ちが悪いし、地震や落雷も多くなった。まったく、いつまで続くやら」
集落の民達は、親子の悪口大会をしていた。
実際、作物の育ちはそんなに悪くなっていない。彼女達が越してきた年に、偶然大雨が降ったが、それ以降は可もなく不可もなくといったところで、そこまで食に困ることなどなかった。
そのことは、ずっと集落に取り憑いている以津真天もよく知っている。
「地震や落雷は続くぞ、いつまでも、いつまでも」
以津真天は姿を消し、民の耳元で囁いた。
「ひぇ!?」
民はひっくり返り、怯えた目であたりを見回す。
「なんだ、どうした?」
「おいおい、なにやってんだよ」
他の民は、ひっくり返った者を心配したり、笑ったりしている。今度は彼らの耳元で囁く。
「死んだ女の病気は広まり、皆苦しむぞ。いつまでも、いつまでも」
「飢饉は続くぞ、いつまでも、いつまでも」
疫病だと言った民に、大雨を親子のせいにした民に囁いた。
彼らも悲鳴をあげ、ひっくり返った。怯える彼らを一瞥し、別の民の元へ行き、不安をあおり続けた。
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