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待ち合わせは磔桜
まだスマートフォンがない、少し前のお話。俗世と遮断された集落は、平成だというのに、未だに厳しい掟や迷信があった。
この集落の奥には、集落をすっぽりと覆うほど枝を広げた古い桜の木がある。桜は磔桜と呼ばれており、その昔、罪人を磔にしていたそうだ。
迷信深い集落の人間は、たとえ満開に咲き誇ろうが、この磔桜で花見をしようとは思いもしない。故に、ここは穴場だった。
ひとりの少女は、暇な時間ができると、磔桜の根本に座り、ぼんやり過ごすのが日課になっている。
この日も、少女は磔桜の根本に座り、ぼんやりと空を眺めている。
「いつまでそこにいるのだ」
おどろおどろしい声が、空から降ってきた。驚いて見上げると、桜の幹に化け物がいた。化け物は、蛇のような体に人間のような顔、口の代わりに、大きな嘴があった。
普通なら怯えたり逃げたりするだろうが、少女は数秒ほど化け物を見つめた後、穏やかな笑みを浮かべた。
「あなた、以津真天ね? ね、となりにいらっしゃいよ」
今度は以津真天が目を丸くし、少女を凝視した。
「お前、俺が怖くないのか?」
「1番怖いのは、人間よ」
少女が寂しそうに言うと、以津真天は隣に舞い降り、彼女の顔を覗き込んだ。
「見て、ひどい顔でしょ? 皆によく言われるの。『いつまで生きてるつもりだ?』って」
少女が長い前髪をかきあげると、赤紫色のアザが広がっていた。
「私が、怖くないの?」
今度は少女が訪ねた。
「人間の娘ごときを怖がるわけがないだろう」
「そう、そっか」
以津真天がそっけなく言うと、少女は嬉しそうにする。
「お前は、ずっとここにいるな。いつまでそうしているつもりだ」
「いつまでも」
自分の決め台詞を取られ、複雑な気分になる。だが、不思議と悪い気はしなかった。
「あぁ、でも、そろそろ帰らなくちゃ……。病弱の母さんに、ごはんを作らないと」
「母がいるのなら、母といればいいだろう」
「ダメよ。母さんも、私のこのアザを気持ち悪がってるから」
少女は立ち上がり、数歩歩くと振り返った。悲しそうに見えたのは、夕陽を背にしているからか、それとも――。
「ねぇ、明日も、ここに来るから、会ってくれる?」
「不吉な場所で、不吉な物の怪と待ち合わせか。酔狂な小娘だ」
「だって、あなたが初めてなんだもの。私の顔を見て、嫌な顔をしなかったの」
少女は今度こそ、家に帰った。
「ふん、人間ごときが……」
以津真天は鼻を鳴らすと、羽ばたいていった。
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