1本目(2)セトワラ、爆誕

1/1
前へ
/50ページ
次へ

1本目(2)セトワラ、爆誕

「……よ、ようこそ、こちらです!」 「部室あるんやね、結構広いやん……」  男の子の案内で、笑美は部室に入る。 「まあ、無駄に校舎がデカいですから。意外と教室が余っているんですよ」 「……なんやったけ?」 「え?」 「サークル名」 「ああ、瀬戸内海学院お笑い研究サークル……」 「長いな」 「へ?」 「長すぎるわ、名前。いちいちそれを言うんか? 噛んで噛んでしょうがないわ。舌がなんぼあっても足らへんで」 「や、やっぱりそうですかね……」 「いの一番に気付くところやろ……」  笑美が呆れ気味に呟く。男の子が感心する。 「ちょっとネタを見ただけで、問題点に気が付くとは……さすがプロ……」 「プロちゃう、プロ志望やっただけや……」 「し、失礼しました……」 「略したら?」 「はい?」 「サークル名、例えば……『セトワラ』とか……」 「おおっ!」  男の子がグイっと笑美に顔を近づける。笑美が戸惑う。 「な、なんやねん……」 「一気に親しみやすさが増しました! さすがです!」 「こんなん誰でも思いつくやろ……」 「いや~それが、相談出来る相手がいないとなかなか……」 「……さて、そろそろ失礼しようかな」  笑美がそそくさと部屋を出ようとする。男の子が慌てて止める。 「ちょ、ちょっと待って下さい! 検討終えるの早すぎません⁉」 「嫌な予感がしたからや」 「嫌な予感?」 「ああ、このサークル……会員、キミ一人ってオチやろ?」 「ギクッ」 「古臭いリアクションすんな、まあ、一応見学はしたからな、義理は果たしたで。ほな……」  笑美が出ていこうとする。男の子が声を上げる。 「6人います!」 「ええ?」 「僕を除いて、会員は6人です!」 「へえ……」 「僕を合わせると、7人ですね」 「分かっとる。義務教育受けとるわ」 「すみません……」 「なんや、結構人数おるやん」 「あ、ちなみに壁に名前が……」  男の子が壁を指し示す。会員の名前が書かれた木の札が掛けてある。 「ほう、大学の落研みたいな……それならさ」 「はい?」 「別に無理に勧誘せんでもええんちゃう? サークルなら十分な人数やろ?」 「いや、やっぱり1年生には入ってもらった方がいいじゃないですか」 「そういうもんかね」 「そういうもんです」 「それに……」 「それに?」 「い、いや、なんでもないです」  男の子が手を左右に振る。笑美が首を傾げる。 「? まあ、ええわ。他にも気になることがあるんやけど……」 「なんですか?」 「相談出来る相手がいないって言ってたやん?」 「ああ、はい……」 「おるやん」  笑美が壁を指し示す。男の子が苦笑する。 「いやあ~なんというか……」 「幽霊会員なんか?」 「いや、皆さん、ちょくちょく顔は出してくれますよ。ただ、他の部などとの兼ね合いもあるので、こちらに全面的に時間を割けるわけではないんですが……」 「やる気はあるんかいな」 「やる気だけはね……」 「どういうことやねん?」 「ネタを考える担当が僕だけで……」 「うん?」 「後は全員ボケなんです……」 「アホなん⁉」  笑美が声を上げる。男の子が間を空けてから呟く。 「そう……このお笑いサークル、『ツッコミ』がいないんです!」 「ああそう……」 「そこで!」  男の子が笑美の両手をガシッと取る。笑美は首をブンブンと振る。 「いやいや!」 「このゴッドハンドで!」 「ダサいな!」 「我々をビシバシベシとシバキ回して欲しいのです!」 「大声で誤解を招きそうなこと言うのやめてくれる⁉」 「失礼、突っ込んで欲しいのです!」 「……断る」 「ええっ⁉」  男の子が驚く。笑美が耳を抑えながら呟く。 「そんなに驚くことかいな……」 「な、なんでですか⁉」 「ウチはもうお笑いはやらんねん……」 「どうしてですか?」 「どうしてもや……」  笑美は部室を出ようとする。 「でもさっき、僕に助け舟を出してくれたのは……」 「!」 「お笑い好きの心が疼いたからですよね?」 「……見てられへんかったからや」 「いいえ、違います」 「?」 「貴女のお笑いへの燃える思いがまだ消えてないということです」 「分かったようなことを言うな……!」  笑美が振り返って男の子を静かに睨みつける。男の子も怯まずに話を続ける。 「その才能を朽ち果てさせてしまうのは余りにも惜しい……!」 「……」 「このサークルでその才能を再び輝かせませんか? プロ一歩手前まで行った貴女にとっては、僕たちのレベルは低いかもしれませんが……あっ!」  部室の片隅に積み重ねられた大学ノートの束が崩れる。笑美が拾ってやるついでにノートをパラパラとめくる。 「これは……ネタ帳か」 「え、ええ……僕が書きました」 「キミ、何年生?」 「あ、2年生です……」 「ほな、一年でこの量を書いたんか……」  笑美が大学ノートの束を見て感心する。男の子が首を左右に振る。 「いいえ、これは大体、直近三ヶ月分です」 「は⁉」 「古いのは家に持ち帰っています」 「こ、この量を三か月で……?」 「ネタを考えるの好きなんで……粗製濫造のきらいがありますが……」 「いや、考えることが出来るのは大したもんやで……」 「はあ……」 「ふむ……」  笑美がノートをまじまじと見つめる。男の子が苦笑する。 「いや、汚い字でお恥ずかしい……清書はパソコンでやりますけど……」 「……やろうか」 「え?」 「セトワラ、ウチがツッコミやったるわ」 「ええっ⁉ ほ、本当ですか⁉」 「ここでウソついてもしゃあないやろ」 「ど、どうして……?」 「こんなに一生懸命ネタ考えたんや、案外悪くないし。せっかくやから世に出さんと」 「そ、そうですか……」 「ネタ披露ライブとかやってんの?」 「い、いえ……」  男の子が首を振る。笑美が苦笑する。 「まあ、ツッコミもおらんところでやっても大事故か……」 「こ、今度……」 「ん?」 「新入生歓迎会があります」 「そういや、そんなんあったな……」 「そこで、部活動サークル活動説明会というのがあります」 「ほう……」 「その場でサークルをアピールしようとは考えていたんですが……」 「ちょうどええやん」 「え?」  男の子が首を捻る。 「そこでネタをやろうや」 「うええっ⁉」 「なんでそこで驚くねん、人にツッコミやってくれって言うてたくせに」 「そ、そうですけど……急な話だなと……」 「人生なんて基本待ったなしやで」 「じ、時間が足りなくありませんか? 三日後ですよ?」 「そんだけあれば十分や」 「は、はあ……」 「ほな、決まりやな」  ノートを拾うため屈んでいた笑美が立ち上がる。 「し、しかし……」 「なんやねん?」 「その日のステージに立てるボケがいません。皆予定があって……」 「……キミ、名前は?」 「え? 細羽司(ほそはねつかさ)です……」 「司くん、キミとウチで漫才やったらええやん」 「え、ええっ⁉」  司と名乗った男の子は素っ頓狂な声を上げる。 「ネタが頭に入っているなら稽古も少ない時間で済むな」 「い、いや、僕は放送作家志望でして……」 「演者の気持ちを理解しておくのも大事なことやで?」 「そうかもしれませんけど……」 「よっしゃ、それじゃあ三日後、『セトワラ』初舞台や!」  笑美が満面の笑みを浮かべる。
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加