2本目(1)プロ意識

1/1
前へ
/50ページ
次へ

2本目(1)プロ意識

                  2 「な~んて、この間は偉そうなこと言うたんやけれども……ゴホッ」  部室でマスクを付けた笑美が申し訳なさそうにする。司が苦笑しながら尋ねる。 「大丈夫……ではないですよね?」 「ちょっとまだ熱っぽいかな……ピークは過ぎたから」 「無理に顔を出さなくても……」 「いや、ネタライブはもう週末やろ?」 「ええ、それで告知はしています」  司は端末を操作しながら頷く。 「それなら一日も休んでられん……ゴホッゴホッ……」  笑美が咳き込む。司が心配そうに声をかける。 「ああ、無理しないで下さい」 「こ、これくらいなんでもあらへん……」 「いや、見るからに辛そうですよ」  何故か虚勢を張る笑美に司は困惑する。 「平気やって……」 「喋るのも辛そうじゃないですか。今日はもうお帰りになった方が……」 「ネタだけでも確認するわ」 「え?」 「どのネタで行くねん?」  笑美が部室の脇に積み重なったネタ帳の山に目をやる。 「いや……」 「まだ決まってないんか? ネタ選びも大事やで、早う決めんと……」 「そうではなくて……」  司が首を左右に振る。 「ん?」  笑美が首を傾げる。 「今回も新ネタで行きます」 「えっ⁉ もう出来たん、新しいの……」 「はい」 「凄いスピードやな……」 「笑美さんをイメージすると、どんどん新ネタが浮かんでくるんです」 「ウチをイメージすると……」 「ええ、良い刺激を受けるんです」 「ええ刺激……」  赤くなった顔で言葉を反芻する笑美を見て、司がハッとなって慌てる。 「あっ! へ、変な意味じゃないですよ⁉」 「! わ、分かっとるわ、そんなこと!」 「だって顔赤いし……」 「これは熱っぽいからや!」 「ああ、なんだ、熱か……」 「そうや、熱や……」  ひと呼吸おいてから司が口を開く。 「って、また熱っぽくなってきたんですか?」 「ちょっとぼうっとしてきたかも……」 「もう今日は帰った方が良いですよ」 「だから、ネタだけ確認するって言うたやん」 「はあ……」 「どれや? 新ネタ?」 「この中から考えていまして……」  司がまだ新しいノートを差し出す。笑美が受け取る。 「拝見します……」 「汚い字ですから、清書したやつを今晩にでもRANEで送りますよ」 「後で送って欲しいのはそうやけど……ウチ、こういうの見るの好きやねん」 「え?」 「作家さんの気持ちや魂がこもってるような気がしてな……」 「そんな……大げさですよ」  司が照れくさそうにする。 「……この40ページまでのネタ……」 「も、もうそこまで読まれたんですか⁉」 「ああ」 「は、早い……もう半分……」  感嘆とする司に対し、笑美がボソッと呟く。 「ボツな」 「え?」  司が首を傾げる。 「せやからボツや、ボツ」 「ええっ、20個の新ネタ、ボツですか⁉」 「うん」 「な、何故?」 「おもろないもん」 「お、おもろない……」  笑美のシンプルなダメ出しを受けて、司は肩を落とす。 「いちいち落ち込んでいる暇はないで~」  笑美が笑う。 「え?」 「なんでアカンかというと……」  笑美はノートを広げ、ボツネタの問題点を次々指摘していく。司がメモを取りながら頷く。 「な、なるほど……」 「分かった?」 「ええ、大変分かりやすい指摘です。そうか……演者側の視点が不足していたのか……」 「まあ、そうやね、独りよがりって感じが目立つっちゅうか……」 「一目見ただけで、こんなに問題点を見つけ出してしまうなんて……さすがプロです!」 「いやいや、プロ志望だっただけやから……」 「いや、プロ顔負けのプロ意識の高さですよ!」 「そ、そうかな~?」  笑美が照れくさそうに後頭部を抑える。 「そうですよ!」 「ま、まあ、その辺はプロにも負けへんつもりだったからな……ゴホッゴホッゴホッ!」  笑美が咳き込む。 「プロ意識が聞いて呆れるな……」 「ん?」  部室のドアが開き、七三分けで眼鏡をかけた、見るからに真面目そうな風貌の男子生徒が入ってきた。司が挨拶をする。 「あ、おはようございます……」 「おはよう」  男子生徒が司に挨拶を返す。 「えっと、今日は……」 「分かっている。窓際の席を借りるぞ」 「ええ、どうぞ」  男子生徒が笑美の方を向く。 「……君、他の生徒に風邪を移したらどうするつもりだ? プロ云々は口だけか?」  そう言って、男子生徒は席につく。笑美がムッとする。 「な、なんなん、あの人!」 「屋代智(やしろさとし)さん、3年生……『セトワラ』の会員です……」 「ええっ⁉」  司の言葉に笑美は驚く。
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加