花冷えの頃

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「なんだか、感無量じゃない?」 「そうか?」 「え? 絶対、泣くくせに。私より先に泣いちゃうくせに」 「言うなよ」  からかわれた夫が、フンっと鼻を鳴らす。 「明日から、小学校に行かないんですって! 不思議よね」  リビングの片隅に置かれた赤いランドセル。  ピンクや水色を買うつもりだった娘が、迷いに迷って選んだものだ。  最後に背負いたいと言うものだから、昨夜ランドセルカバーを外してあげたら、思いのほか新品みたいな色をしていた。  カバーの方はずいぶんとくたびれていて、六年という月日を物語っていたけれど。 「本当に早いな、あっという間だった」  リビングの棚に並ぶ家族写真に目を向ける夫。  私も視線を向け、順に目で追う。  どの写真にも、私や夫が少しずつ年をとっていくその真ん中で、すくすくと育った娘の笑顔が咲き誇っている。  生まれたばかりの頃、はじめてのお誕生日、七五三、幼稚園の入園式、小学校入学式。  ついこの間のように感じてしまうのに、あれからもう六年も経つのだ。  ピカピカの赤いランドセルを背負って、うれしそうな顔をした娘。
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