花冷えの頃

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「また、雨」  三月半ば、リビングのカーテンを開けた瞬間に、ついてでた愚痴のような独り言。  しとしとと静かに降る雨は、桜の蕾を窮屈にすぼませてしまうだろう。  せっかく数輪、咲き始めたばかりなのに。  春だというのに寒い日、花冷えの頃、寒の戻りともいう。  昨日、天気予報でわかってはいたものの、予想が外れてくれることをこっそり願っていた。  いや、この佳き日に、同じ思いを抱えている人は、きっとたくさんいるはずだ。  昨日と同じように、朝ごはんの支度をする。  いつもと何ら変わりのない一日の始まり、だけど今日は六年ぶりの特別な日。 「おはよ、寒いな」  私もそうだけど、いつもより一時間も早く起きてきた夫は、すぐにエアコンをつけて、部屋を暖める。  自分のためだけではない、次に起きてくる寒がりの娘のためだ。 「なんでだろうね」  お味噌汁の出汁をとりながら、夫に向かって投げかけた言葉。 「なにが?」 「絶対、多いのよ、あの子たちの年代には雨女と雨男」  私が何を言いたいのか気づいた夫は「ああ」と苦笑した。  夫の脳裏にも浮かんだのだろう。  六年前のあの日、季節外れの(みぞれ)が降りしきる中、スーツとは不釣り合いの長靴を履いて歩いた日のこと。 「あの日よりはマシか」 「まあね、小降りだし。さすがに長靴はいらないかも」  妥協するように、苦笑し合う。  まだ少し、娘が起きるまでは時間がある。  二人分の珈琲を淹れて、ニュースをチェックする夫の隣に座る。
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