子犬

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「こりゃ酷い……、頑張れ、今病院に連れて行ってやるからな」  お爺さんが立ち上がって踵を返す。待ってよ。僕は腕の中で身を捩った。精一杯訴えた。 「どうしたんじゃ」  お爺さんは困惑の表情を浮かべた。僕はあの子犬の方へ顔を向けて知らせようとした。あの子の方が酷い怪我なんだ。あの子を先に助けなきゃ。  お爺さんはやっと子犬の存在に気付いたらしく、目を向けた。そしてぎゅっと瞼を閉じた。深く刻まれた目元の皺に涙が伝った。 「むごい事をする……」  手を差し伸べようとしないお爺さんに抗議する。ほらっ、早く助けないと。 「すまんな」  お爺さんはそう、一言呟くと、また子犬に背を向けた。その時、僕は理解した。もう、あの子犬は助からないんだ、と。途端に意識が朦朧とし始めた。ひどく眠い――。  目が覚めると、僕は変な匂いのする部屋でゲージに入れられていた。周りには他にもいくつもゲージが置いてあった。中にはそれぞれ犬や猫が入っていた。その内の一人が教えてくれた。ここは病院らしい。  それから一週間後、お爺さんが迎えに来た。僕を家に迎えてくれるそうだ。お爺さんは古い一軒家に独りで暮らしていた。新しい家族ができて嬉しい、と、お爺さんは笑った。  家の庭には大きな木が一本、佇んでいた。枝には新緑が芽吹き、春の訪れを告げている。
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