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それから数十年後、私は長期間の出張で、和歌山へと向かった。正確には自費で行くので半分は旅行気分だ。 和歌山のある場所で夕陽が町を照らしてとても美しい写真が撮れるということでやってきたのだ。 私の職業は写真家。一昨年にようやくスポンサーがついてくれて、仕事になり始めた。ただ、まだ知名度はあまり高くない。 目的地に着いて、なるほど、と私は思った。 不規則に並ぶ石畳に立つ鳥居の後ろで壮大な自然が広がっていた。 ダイヤモンド富士に匹敵する写真が撮れそうだ。 しかし、運が悪かったのか初日は雲がちょうど邪魔な位置にあり、二日目は天気が変わり一日中曇り空だった。 天気予報で台風が近づくというのだからこれは当分帰れなそうだ。 三日目はあいにくの雨で、仕方なく、和歌山を歩き回った。電車を利用しているうちに奈良へ行ってしまうところだった。 ホテルに帰る途中、居酒屋があったので入ってみた。店名は『みどり』。居酒屋に入るのは最初は怖かったが今は何の気掛かりもなく入れてしまう。 カウンターに座る。 「ご注文はー?」 「生一つまず下さい」 「はいよー」 厨房が騒がしいので少し声を張り上げないと届かないのが大変だ。 他の客も大声で呼んでいる。ただ酔っ払っているだけかもしれないが。 「メグちゃん、もう一本生!」 「メグミちゃん、ハツが来てないよー!」 どうやらママさんはメグミ、というらしい。少しスナック感があるのはなぜだろう。 それよりメグミってどこかで聞いたような……?この声もどっかで……。いや、この仕事をやっている以上、いろんな人と関わるからその中の一人と声が似ててもおかしくないか。 ホテルに戻ってから私はその既視感の正体に気がついた。 ──お父さんの最期の言葉……メグミ。
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