花見ありすと桜と死体

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公園の敷地一杯に咲く桜並木を眺める。花見の名所で有名なこの場所は、人混みでいっぱいだった 「やっぱり来て良かったね、ありす」 そう笑う友人・石田みづきに、私は作り笑顔を浮かべて頷いた。 私は桜が嫌いだ。それなのに名字が花見なのだから嫌になる。桜が嫌いな理由は単純。桜の下には死体があるからだ。 以前どこかの文豪が言ってた。桜の下には死体が隠されているのだと。その意見には同意する。 あれは三年前、中学三年生の春のことであった。 受験勉強の息抜きに、私は近くの公園を散歩していた。その頃はまだ桜の花が好きで、特に人気のない公園で見る桜が好きだった。その日も早朝の公園を歩きながら、満開の桜を楽しんでいた。 いまでも思い出す。その死体を目にしたときの背筋がぞっとする感じと、歯の根が噛み合わないほどの体の震えを。 公園の最奥に、その死体は座っていた。鮮血をまき散らしながら満開の桜の木の下で佇む姿は、刑事ドラマというよりもホラー映画のワンシーンを思わせた。 その死体には、いつかどこかのテレビで見た女性の彫刻と同じく、首と両腕がなかった。 はっきりと思い出す、首の断面。 私はあまりの恐怖に腰が抜け、大声で叫んだ。幸い犯人はその場におらず、私は悲鳴を聞きつけて駆け寄ってきた住人たちに介抱された。死体の第一発見者となった私は警察からの取り調べを受けてから家に帰された。 その後、私は凄惨な死体を見てしまったショックから立ち直れず、両親のすすめで精神科に通っている。この三年間で少しはマシになったが、それでも桜を見るとあの時の首と両腕のない死体を思い出して吐きそうになる。 それなのに花見に来たのは、単にみづきの好意を断ることができなかったためである。いつも私のために喜ばせるようなことをしてくれる彼女の誘いを、どうしても断りたくなかったのだ。両親は私を心配したが、私は平気よ、と笑った。 「ねえねえ、あっちに屋台があるよ。行こうっ」 「うん、そうね」 「何食べようかなあ。やっぱたこ焼きは外せないよね。でも甘い物も食べたいなあ。屋台ってあるだけでわくわくしちゃうよね」 本当はお腹に何か入る気配なんてなかったのだけれど、お腹が空いているのは事実だったし、何より楽しそうな友人の邪魔をしたくなくて、私は黙っていた。ただ、楽しげに屋台を見るみづきの横顔を見て居ると、いくらか心が安らいだ。 ふと、誰かが私たちの横を通り過ぎた。男かもしれなかったし、女だったかもしれなかった。緑色のパーカーを目深に被っている。 ただ、その人物からは確かに血の臭いがした。 「え……?」 私は振り返る。しかし血の気配は人混みに紛れてもう分からない。 私は嫌な予感を振りかぶる。きっと何かの間違いだ。桜という存在が、私に過去の記憶を引き出させたのだ。 「ありすー? どうしたのー?」 「なんでもないわ。いきましょ」 私たちは花壇の前で並んでたこ焼きをはふはふ食べながら、桜を見ていた。 こうしていると、本当に平和だな、と思う。 私は三年前の出来事を思い出す。三年前の事件の犯人は、結局捕まらなかった。 私は無理矢理胃の腑に詰め込んだたこ焼きの、空のパックを見つめた。 「おいしかったねー」 「そうね」 「……ありす。なんだかさっきから暗いよ? もしかして、本当はお花見、嫌だった?」 「え? ううん、みづきと一緒ならどこだって楽しいわ」 本心だった。私はみづきと一緒に空のパックを設置されたゴミ箱に捨てると、「ちょっとトイレに行ってくるね」とだけ言った。少し、休憩がしたかった。 博物館、美術館のある巨大な公園内に設置された公衆トイレの女子トイレ。 私はそこに足を踏み入れて、後悔した。 入り口からみて奥のトイレの前のタイルが血まみれであった。 私はその場から駆け出した。 途中、どうかしたのかと尋ねるみづきの声を無視して交番に駆け込んだ。 「はい、どうかしましたか」 「すぐに来て下さい! こ、公衆トイレのタイルが、血、血みたいなもので濡れているんです、真っ赤に!」 動揺する私の姿を見て、交番にいた二人の警察官が顔を見合わせる。警察官はもう一人の警察官に「君はここで待機しててくれ」と告げると、案内するように言った。 「ありす、ねえ、どうしたの? 何があったの?」 交番から警察官と一緒に出てきた私を見てみづきが声をかける。 「みづき、ここで待ってて。私はお巡りさんと一緒に公衆トイレに行くから」 「それなら私も行くよ!」 私は迷った。みづきを連れて行っていいものか? でも、もし彼女を一人にして、みづきが次の犠牲者になるとしたら……。 悩む私に、警察官の男性が「連れて行きましょう。何かあってからでは遅いので」と言った。私は警察官の男性の言葉に頷いた。 私たち三人は公衆トイレの女子トイレに入った。大量の血に濡れたタイルを見て、みづきがひっと小さく悲鳴を上げる。私は最奥のタイルを指さした。 「あれです。あれを発見してすぐ、交番まで駆けつけました」 「そうか。ご苦労さまです。では確認に行って参りますね」 「あの、私たちも行ってもいいですか? 現場を見てすぐ出てきてしまったのですけれど、もしかしたら生きている可能性だってあるわけですし」 私は冷静になった頭で自分の軽率さを悔いた。そうだ。あの時、血だまりを見てすぐに交番に行くのではなく、近寄って生死を確認した方がよかったのだ。そうしたら――。 だが、警察官は私の言葉に首を振った。 「それはできない。キツイ言い方になるけど、現場保存の法則というものがあって、あまり第三者を近寄らせたくないんだ。第一、あの出血量じゃ間違いなく死んでる」 「……そうですよね」 警察官は私とみづきにここで待っているよう伝えると、奥の個室に向かった。 ここからも漂ってくる血の臭いで頭がクラクラする。そっとみづきが支えてくれる。 「大丈夫?」 「うん、平気。あまりのことでショックを起こしちゃって。みづきは?」 「私も最初は驚いたけど……見てないから平気」 見てない。そうだ。私はトイレの中を見ていない。 前を見る。警察官は無線機で何かを伝えている。 その後すぐに現場は封鎖され、数人の警察官や刑事たちが駆けつけてきた。 私とみづきはすぐ傍のベンチに座らせてもらい、刑事からの取り調べを受けていた。 一番奥の個室で血をぶちまけていた人物は、やはり死んでいたらしい。 現在、鑑識や刑事さんたちが必死に現場を捜査している。周囲には野次馬が集まっていた。 「あの、被害者はどう殺されていたんですか」 みづきが尋ねる。興味津々というよりはおそるおそると入った感じだった。 「被害者は首と両腕を切断されていました」 そのとき、私は三年前のことを思い出した。頭をバッドで殴られたような気分になる。 「どうしました。顔が真っ青ですよ」 「……あの、実は」 私は三年前のことを語って聞かせる。刑事は必死にメモをとっていた。 「なるほど。わかりました。もしかしたら犯人は同一犯ということになりますね」 「同一犯……あんなことをする人が」 不意に、私は先ほど嗅いだ血のことを思い出す。 顔も見てない、男か女かも分からない。そういえば、パーカーを目深に被っていたような気がする。そんな不確かな情報を、私は刑事さんに伝えた。 刑事さんは私が提供した情報を手帳に書き込み終えると、手帳を閉じた。 「ご協力感謝致します」 「いえ……大したことは、本当に。犯人の手がかりもないので」 「それでもないよりマシですよ」 刑事さんはそう苦笑してから、私たちを解放してくれた。私とみづきは花見を続ける気にもなれず、帰ることにした。 みづきが口を開く。 「……ごめんね」 「え?」 「三年前、そんな事件に巻き込まれてたなんて知ってたら、お花見なんて絶対に誘わなかったのに」 「いいのよ。私、みづきとならお花見できそうって思ってたし。トラウマを克服するいいチャンスだわ」 「でも、新しいトラウマを植え付けることになっちゃったもん」 「あんなのトラウマのうちに入らないわ。それより、気分転換に池袋行かない? ここからなら山手線通ってるし」 私たちは駅までの道を歩きながら、少しでも気分を紛らわせようと談笑する。 しかし私の頭の中は、事件のことでいっぱいだった。もし犯人があの血の臭いを漂わせていた人物だとしたらこの膨大な花見客の中から見つけるのは至難の業だし、第一あの人物は私たちと逆方向、つまり帰る途中だったのだ。 私は鳥肌が立つのが止まらなかった。 首と両腕を斬って殺す犯人の動機がわからなくて怖い。 もしも、もしも――第三の事件まで起こってしまったのなら。 その現場に居合わせてしまったら。私はどうするだろうか……。
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