1.恋人との会話

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 寒かった季節が過ぎ、ようやく昼間は上着無しで過ごせるようになってきた。寒がりの私にとっては嬉しい限りだ。昼時を過ぎたカフェは客もまばらで私と恋人の裕也(ゆうや)はお互いにスマホを眺めつつのんびりした時間を楽しんでいる。今月は決算月で何かと忙しい。社会人二年目の私にも普段とは違う仕事がいろいろと回ってきてどうにも落ち着かない。早く新年度にならないかなぁと思いつつスマホの画面に指を滑らせていると裕也が突然「なぁ、花見行かない?」と言い出した。 「お花見? まだ桜咲いてないでしょ」  いくら何でも桜の季節にはまだ早い。裕也は「ああ、咲いたらってこと」と言ってスマホの画面をこちらに向けた。 「ほら、ここすげぇ綺麗じゃん」  見せられた写真にぎょっとする。見覚えのある桜並木だった。 「それって……」  とある街の名を告げると彼は「そうそう」と頷いた。 「何だよ加奈(かな)、ここの桜知ってんの?」  私は曖昧に頷いた。知ってるも何も、その桜並木のある街で私は生れ育ったのだ。 「ふぅん、そうなんだ」  裕也は特に疑問に思うこともなかったらしく再びスマホの画面に目を向ける。私と彼は同じ大学のサークルで知り合い、社会人になってからも付き合いが続いているが自分の故郷について話したことはなかった。裕也はしばらくしてもう一度「行こうよ、お花見。俺、桜の花好きなんだ」と再び私の顔を覗き込む。 「やだよ、私は桜嫌いだもん」  そう言って頬を膨らませる私を見て裕也は目を丸くする。 「まじか? おいおい、桜が嫌いなんてヤツいんの?」  少し苛立ちつつも「いるの、ここに」と言ってそっぽを向いた。そう、私は桜が嫌いだ。桜の花が、というよりも桜の木が嫌いだった。裕也は不満そうだったがすぐに機嫌を直して別の話題を始める。内心ホッとしつつ私は笑顔で応じた。
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