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「おや、わざわざ迎えに来てくれたのかい? 傘持ってなかったから助かったよ」
笑顔で私の頭を撫でる父。理沙のことがどうしても許せず私は父に告げ口した。
「あのね、お義母さん最近おかしいの」
わざと子供らしい口調でそう言うと父の表情が変わる。
「どうした? 何がおかしいんだい?」
あんな女追い出されてしまえばいい、そう思った私は不思議そうな顔で続けた。
「だってね、父さんがいないといつも電話ばかりしてるし、指輪も外してるんだよ。たかし君、とかまさき君とかって人と電話してる。電話の向こうからね、男の人の声が聞こえてくるの」
名前はたった今適当に考えたものだ。それでも男の人と嬉しそうに話しているのは本当だし今日指輪を外したまま出掛けているのも事実。父は「そうか」とだけ言い無言で歩を進める。ザァザァという雨音が妙に大きく聞こえた。
「なぁ加奈、お祖母ちゃん家にひとりで行けるかな?」
玄関の前で父が言う。祖父母の住む家は自宅から歩いて十分程のところにあった。私は無言で頷く。
「いい子だ。今夜は向こうにいなさい。私は義母さんと少し話があるからね」
「わかった」
これであの女が父に叱られるに違いないと思うと嬉しさがこみあげてくる。父が家に入った後、しばらくドアの前に立ち聞き耳を立てていると一度だけあの女の悲鳴が聞こえた。私はほくそ笑みスキップで祖父母の家に向かう。
翌朝、泥だらけの玄関にちらりと目を遣り家に入ると居間には疲れた表情の父がいた。
「義母さんは出て行ったよ」
「ふぅん」
その後父とどんな会話をしたのか不思議なことに全く記憶がない。それ以来私は桜が嫌いだ。いや、嫌いというより怖いのかもしれない。桜の下に大きな秘密を埋めてしまったから。
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