鬼女と小金の胡麻団子 6

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鬼女と小金の胡麻団子 6

 迷いない橘の足取りで、目的の人物にはすぐに会うことができた。  社務所の前で多くの客に囲まれる中、私たちの姿を見つけると何やら客たちに断りを入れ一人人込みから駆けてくる  「やあ久しぶりだね、炉善。毎年ありがとう。それにしても今夜は随分と大所帯だね」  「まあな、ほらよ。差し入れだ」  「何?」  「棗の馬拉糕」  「やったね!」  一昨日会ったときとは全く違う、何やら格式高そうな和装をした飽海は依然と変わらない柔和な笑みで橘から馬拉糕の入った袋を受け取った。  「それで、そっちの女の子ははじめましてだね」  「あの、羽田瑠奈です。弟を、探してます。私の双子の弟で、見てませんか?」  「うーん。特には見てない、と思うなぁ。いつはぐれたんだい?」  「……三日前、この神社の近くです」  ついさっきはぐれた迷子、という話ではないことを理解した飽海の顔色が変わる。そして同時に花橘の私たちがいる理由も察したのだろう。説明を求めるように橘を見た。  「俺も詳しくは知らん。三日前、瑠奈は双子の弟の悠希と喧嘩をした。それで一緒に帰らなかったそうだ。だがそのあと待てど暮らせど悠希が戻ってこない。警察も捜索しているがいまだ見つからず、今日で三日目だ」  笑みを消してしばらく考え込むように顎を撫でた後、飽海は瑠奈の前にしゃがみ込んだ。  「瑠奈ちゃん、いくつか聞いてもいいかな? 悠希くんを探し出すのに必要なことなんだ」  瑠奈はおそるおそる、戸惑いながら一つ頷いた。  「三日前、君はここの近くで悠希くんと喧嘩をした。喧嘩の内容は……、そうだね、年の近い兄弟っていうのは関係が難しい。最初は他愛もないいつもの姉弟喧嘩だった。だけど、うん、それだけじゃ終わらなかった。そうだね?」  まるで双子のやり取りをその場で見ていたかのように飽海は滔々と話し出した。その話し方は相変わらず優しく穏やかだ。怒るでも諫めるでもない、静かな確認作業だった。けれど瑠奈は目に見えて顔色が悪くなる。  「君は悠希くんと喧嘩をしていた。どういった内容か、まではわからないな。けれど君はそこで悠希くんに何か、いつもならしないことをしてしまった。……いや、君は悠希くんに何かを言ってしまったんだね?」  その言葉を皮切りに瑠奈は大粒の涙をこぼし泣き始めた。思わず二人の間に入ろうとしたところを橘が制した。見上げると無言で首を振られる。どうやら私の出る幕ではないらしい。  「私が、私が悪いのっ……私が言っちゃいけないことを言ったから……!」  「そっか、けれど君は悪くない。人は誰だって、つい言いすぎてしまうことがあるからね」  「私だけは、悠希の味方にならなきゃいけなかったのに……!!」  「……君だけが?」  泣きながら、しゃくりあげながら瑠奈は話した。  双子の弟の悠希は瑠奈と比べて要領が悪かった。勉強も運動も、何をしても瑠奈より下。友達も少なくて、活発的じゃない。外で遊ぶよりも家で静かにしてる方が好き。人見知りで引っ込み思案。いつもおどおどしている、そんな弟。学年の誰もが瑠奈と悠希が双子であることを知っていて、できの良い方、悪い方、と言われていた。両親もどうして双子でこんなに違うのだとため息をついた。同級生は悠希のことを笑った。両親は瑠奈のことばかり褒めそやした。  「でも私知ってた。勉強が苦手でも、図工がすごく得意だった。友達が少なくても、友達は悠希のことが大好きだった。臆病だけど、誰に対しても優しかったそれなのに……」  つい苛々してしまっていた。本当に些細な原因の喧嘩だった。いつものように言い合って、怒って、それから一緒に帰るつもりだった。なのについカッとなっていつもなら言わないことを言ってしまった。  「私、悠希なんかもういらないって言っちゃったの……もう家族なんかじゃないって、お父さんもお母さんも、私がいれば良いって。……知ってたのに、悠希が不安に思ってたの。どうしたらお父さんたちから褒めてもらえるか、悩んでたのに、そう言っちゃった」  「いつもなら言ったりしないことなのに、言ってしまったんだね」  「それで、取り消さなきゃってすぐ思った。でも悠希はそのまま山の方に走って行っちゃって……なんて言って、追いかければいいかわからなかった」  「自分が言ったことに怖くなっちゃったんだね。言いすぎてしまった、悠希くんを傷つけてしまったことをわかっていたんだ」  泣きながら瑠奈が飽海の言葉に頷く。  喧嘩をして、言いすぎてしまって、ショックを受けた悠希は山の方へ逃げて行ってしまった。ならばきっと山の中にその子はいる。  けれどなんとなく、それだけではない気がした。すぐに追いかければ捕まえられたはずだ。けれど瑠奈はその背中を見送って、自宅へ帰ってきてしまっている。ここまでの話だとどこかちぐはぐだ。  「それで、何が起こった」  黙っていた橘が口を開く。  「悠希は山の方へ走っていった。それだけならもう警察が見つけていてもおかしくない。……その時、お前は何を見た、何を聞いた」  淡々とした声は子供には怖いだろう。けれど瑠奈は答えた。  「追いかけようとしたら、聞こえたの『いらないなら、私がもらうわね』って」  その声が私にまで聞こえたような気がして悪寒が走る。瑠奈が話しているのに、その言葉だけ別の者の声で響いた。 「そうしたら突然、走ってた悠希が、いなくなったの。どこにも隠れる場所なんてないのに、山の中に入ったわけでもないのに、目の前から急にいなくなったの。それで、もうどうしたらいいか、どこを探したらいいかもわからなくなって……全部夢か何かで、悠希は実はもう先に家に戻っていたりするんじゃないかって……それで」  「だが悠希は戻ってはこなかった」  これこそ瑠奈が私たちに隠していたことだった。その声があったからこそ、瑠奈はただ悠希が迷子になったり、事故にあったわけじゃないことを確信していたのだろう。そして彼女は花橘へと導かれた。  「話してくれてありがとう。辛かったね。怖かったね」  泣きじゃくる瑠奈を飛梅が宥めるように抱きしめる。  「飽海、ここ数年で子供が攫われるようなことはあったか?」  「ないよ。ほんの数時間いなくなってしまうことはあっても、何日も姿を隠してしまうようなことはない」  「……瑠奈これで最後だ。これを聞いたら悠希を連れ戻す」  しゃくりあげる瑠奈の前に膝をつき、短く聞いた。  「悠希は甘いものが好きか?」
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