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  あたしは彼氏と夜桜を眺めていた。  彼氏は、2年前から付き合っている。名前を瑠唯(るい)といった。年齢は同い年で35歳になる。ちなみに瑠唯にはかつて奥さんがいた。けど、ある病気で亡くなっている。確か、癌だったかな。余命は半年だったらしい。今から8年ほど前の話だ。 「……麗美(れみ)、綺麗な桜だな」 「うん」 「俺さ、麗美といつかは夜桜を見たいと思っていたから。こうやって来れて嬉しいよ」   瑠唯は本当に嬉しそうだ。あたしも頷いた。さわさわと風が木々を揺らす。夜桜が咲いているのは、あたしや瑠唯が住む町の公園だ。夜桜を見物できるようにと春の間だけ、開放してある。 「瑠唯、ちょっと冷えてきたね」 「そうだな」 「帰ろっか」  あたしが言うと、瑠唯は頷いた。2人して最後に夜桜をじっと見つめる。神秘的にライトアップされた夜桜は、脳裏に刻み込まれた。ハラハラと風に桜の花弁が舞い散る。ぼんやりと暗闇に浮かび上がった夜桜は泣きたいくらいに綺麗だった。  あたしは自宅に向かって歩き始めた。瑠唯とは既に分かれている。ふと、足を止めた。明日、瑠唯に逆プロポーズをしてみようか。いつまでもあたしも独り身ではいられない。焦っている気持ちもあった。子供の事もあるし。よしっと両手を握りしめた。  自宅にて、あたしは夕食を簡単にすませる。といってもご飯に出来合いのおかずといった程度だが。それらをお茶で流し込み、食器をザザッと洗う。カゴに移したら、布巾で大ざっぱに水気を拭き取る。よし、完了だな。そう思いながら、お風呂場に向かった。  軽くシャワーを浴びて髪や身体をザザッと洗う。バスタオルで髪などの水気を拭き取る。ドアを開けて、脱衣場に出た。後でお風呂場の窓を開けて換気扇を回しておかないと。考えながらも、衣服を身に着けた。ドライヤーで髪を乾かしながら翌日は、土曜日だと思い出す。逆プロポーズをするには早い方がいいだろう。髪を乾かし終えた後で顔にお化粧水などを塗り込みながら、翌日の算段をするのだった。  夜の9時になり、早いけど寝室に行く。ベッドに潜り瞼を閉じた。明日は瑠唯に逆プロポーズをするぞ。ニヤニヤしながら深い眠りについた。  翌日の土曜日の朝方に目が覚めた。時計を見たら、まだ6時だ。それでも、頑張って起きる。眠いな。あくびをしながらも、ベッドから出た。洗面所兼脱衣場に行き、まずは歯磨きや洗顔をすませる。それが終わったらキッチンに向かい、朝食の用意だ。簡単にマグカップにインスタントコーヒーの粉やお砂糖を入れて、電気ポットのお湯を注ぐ。スプーンでクルクルと混ぜながら、冷蔵庫から牛乳を出した。それを入れてカフェオレを作る。次に食パンを戸棚から出し、オーブントースターに入れた。5分くらいに時間をセットして再び、冷蔵庫からバターやジャムの瓶を取り出す。パンを焼いている間にフライパンを出してオリーブ油を垂らす。ガスコンロにかけて卵やウィンナーを軽く焼いた。菜箸で卵などをお皿に入れたらついでに簡単なサラダも作る。レタスをちぎってミニトマト、キュウリを切っただけの物だが。市販のドレッシングをかけたら完成だ。チンとオーブントースターが鳴る。慌てて焼けた食パンを取り出す。バターやジャムを手早く塗ったら、朝食は出来上がった。サラダやウィンナーエッグ、カフェオレや食パンのお皿などをテーブルに置く。椅子を引いて座った。 「いただきます!」  両手を合わせて、朝食をもそもそと食べた。カフェオレや食パンなどが身体に染みるようだ。どれも美味しくて気がついたら、完食していた。そんなにあたしは大食らいではないんだが。お腹が空いていたのかなと思ったのだった。  朝食が終わると、春服の淡いオレンジのワンピースに着替えた。控えめにピンクダイヤのネックレス、同じ宝石をあしらったイヤリングをつける。上に同系色のカーディガンを羽織った。ワンピースは膝下までの丈だが。なかなかにシックなデザインで気に入っていた。ドレッサーに行き、メイクや髪のセットをする。それらができたら、スマホやお財布などをショルダーバッグに入れた。必要な物が準備できたら、身支度完了だ。瑠唯にスマホで電話をしてみたのだった。  瑠唯からは、お昼の1時頃からなら空いているとの事だ。あたしは、壁に掛けられた時計を見る。もう12時を回っていた。そろそろ出かけるか。玄関に行き、無難なベージュのパンプスを履く。ショルダーバッグを肩に掛けてドアを開けた。オートロックなのでそのまま待ち合わせ場所に行く。コツコツと踵を鳴らしながら、向かった。 「あ、麗美」 「瑠唯!」  既に待ち合わせ場所には瑠唯が来ていた。もしや、遅刻したのではと思ったが。スマホを取り出して時刻をチェックした。まだ、約束の時刻の15分前だった。 「ごめん、ちょっと早めに来たんだ。土曜日に会いたいって言うのは珍しいなって思ったから」 「あ、そうだったのね。一瞬、遅刻したのかとヒヤッとした」 「遅刻はしていないよ、それよりも。今日に会いたいって言ったのは何でなのか。訳を説明してくれる?」 「……わかった、話すから。けど、ここじゃちょっと」 「ああ、ここでは話にくいんだな。なら、人目につかない所に行こうか」  瑠唯がそう提案してきたので頷く。あたしは彼と一緒に歩いて人があまりいない公園にまで行った。  瑠唯が連れてきてくれたのは、昨日に夜桜を見に来たあの公園だ。あたしは意を決して言った。 「……瑠唯、あたし達ね。もう付き合って2年が経つじゃない?」 「そうだな」 「あのね、あたしは瑠唯と結婚したいと思ってるの。そろそろ、潮時かなと考えてたから」 「……麗美、それで今日に会いたいって言ってきたのか」 「うん、あの。嫌じゃなかったら、瑠唯の気持ちを教えて」  あたしはついに言ったと思った。瑠唯はちょっと考え込む素振りを見せる。しばらく、沈黙が辺りに降りた。 「麗美、俺は。いずれはプロポーズしてもいいなとは思ってたんだ。けど、麗美の方から言ってくるとはな」 「あの、何というか。ごめん。いきなり過ぎたよね」 「そんなことはないよ、ただ驚いただけで」  瑠唯はそう言って苦笑いする。あたしは困らせてしまっているなと気づく。顔を俯かせてしまう。 「……麗美、あの。逆プロポーズは嬉しかったよ。まあ、俺でよかったら。よろしくお願いします」 「えっ、結婚してくれるの?」 「ああ、でなかったら。こんな事は言わないだろ」  瑠唯は照れ笑いの表情で言った。祝福するかのように、桜の花弁が風に舞う。あたしは嬉しくなって瑠唯に抱きついた。彼も抱きしめ返してくれたのだった。  ――End――
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