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はじめに
今から話す物語は、もう随分昔の話――私がまだ若く、甥っ子姪っ子たちも可愛い盛りで、私を取り巻く世界が一番輝いていた頃の話です。
まずは自己紹介と、私の生い立ちを簡単にお話ししましょうか。
私の名はリリヤナ。
かの偉大なるイェラン帝の末娘ヴィクトリアを曾祖母に持つ、名門ファルケンブルク家の一員――ただし分家の出です。同家の次男だった私の父フランツ・ジギスムントは、この国の高位貴族の慣習通り、成人に際してファルツフェルド伯爵の称号をもらい、以後、私の生家はファルツフェルド伯爵家で通っています。
今からおよそ60年前、当時のファルツフェルド伯爵家の当主は病床にある父フランツ・ジギスムントで、次期当主は長男のゴットハルト。その下に次男のフォルカーがいて、この人も成人に際してエルヴスヘーデン伯爵位をもらい、以後、エルヴスヘーデン伯を名乗っています。
この二人の兄は実は私とは母親が違います。私と末の兄のラグナルは、いわゆる妾腹の子でした。
この国の貴族階級の男子は、本人が望む望まざるに関わらず、ほとんど軍人になります。いや、軍人にならずとも、少なくとも幼年期・少年期の教育は士官学校で受けるのが習わしでした。そんなわけで兄は10になる前に生みの母親から引き離され、軍の幼年学校の寄宿舎に送られたのでした。
私が生まれたのはその後。ラグナルと私は12歳年が離れているのです。私は生まれてわりとすぐに母親を亡くしたそうですが、その頃のことは当然記憶にありません。
記憶にあるのは――17歳を迎えたばかりの夏、兄を名乗る人物が突然訪ねてきて、私をファルツフェルドの本邸に連れて行ったこと。
なんとも驚き呆れたことに、私の父フランツ・ジギスムントは、世間の非難、いや、正妻の非難を恐れてか、私の出生を誰からも隠し、世話係だけを付けて、領内の別邸の一つでひっそりと養育させていたのです。
そして17年後、病床にあった父が私の存在をラグナルに打ち明け、実兄である彼が慌てて迎えに来たという次第です。
感動の兄妹の対面、というわけにもいきませんでした。何しろ、お互いがお互いの存在を初耳でしたし、兄は病床の父が亡くなる前になんとしてでも私の存在を正式に認知させたかった。それで慌てて迎えにやって来て、挨拶もそこそこに、攫うようにして私をファルツフェルドの本邸に連れてきたのです。
果たして父は、私の存在を正式に認知して程なく亡くなりました。
驚天動地だったのは私の異母兄たち、ゴットハルトとフォルカーです。いきなり知らぬ少女が連れてこられ、お前たちの妹だと告げられたのですから。そもそも私と異母兄たちはとても年が離れていました。ゴットハルトとは25、フォルカーとは19も違います。二人ともすでに家庭を持っていて、フォルカーには子どもはいませんでしたが、ゴットハルトは妻のアデーレとの間にヴェルターとヘルムートという息子が二人ありました。ヴェルターに至っては叔母である私より半年年長です。
そんな環境の中に、当時30手前で軍人として忙しく働いていたラグナルは、私を放り出して、父の葬儀が終わるなり任地へと帰って行ったのでした。
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