桜がピンクで何が悪い!

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 ***  サクラくん(仮)は言った。自分が僕の目の前に現れることができるのは、あと数日だけだと。  彼は桜が咲いている時期だけ、選んだ子供の前にだけ現れる事ができるらしい。選んだ子の前だけ、というのもなんとなく理解できた。彼が現れると、何故か僕の周りから人がいなくなるのだ。彼はその瞬間だけ、僕を別の世界に連れ去っているのだと言っていた。後で思うように、あれも一種の神隠しのようなものだったのだろう。 「よし、そこで腰を落として捻る!もっと!」 「てい!てい、てーい!」 「腕だけで投げようとすんな!クウヤは俺やお前)りずっと重たいからな。腕力だけじゃ投げられねえぞ!」 「てい、てーい!てーい!」 「そうそう、いい感じいい感じ」  一回ぶん投げてやれば、きっとクウヤも懲りるはず。もうサクラ組なんてカッコ悪い!なんて絡んでくることもなくなるだろう。  何より僕は、下らないことで人を馬鹿にする奴にもう負けたくなかった。強い男になって、クウヤを見返してやりたかったのだ。 「ねえ、サクラくん。なんで、あと数日しか会えないの?」  数日間。みっちり彼の空間で特訓してもらったあとで、僕はサクラくんに尋ねたのだった。 「桜が咲いてる時期になら会えるでしょ?僕は卒園しちゃうだろうけど、それでもまた会いに来ることはできるし。そしたら来年また会えるよね?」 「その気持ちは嬉しいけど、多分無理だな」 「なんで?」 「ここの桜、古いのが多いんだ。もうそんなに保たないだろうなって、大人たちがみんな話してる。寿命が来るんだよ。そうしたら、俺も一緒に消えることになる」 「え……」  人間ではない存在にも、寿命がある。当たり前のことなのに、僕はひどくショックを受けたのだった。  この頃の僕はまだ、人の死というものを一度も経験していなかった。だから余計に受け入れがたくて固まってしまったのだろう。 「もう、会えなくなるの?」  たった数日だけの、不思議な友達。そう、僕はもう彼のことを大切な友達だと思うようになっていたのだ。しょんぼりと肩を落とす僕に、彼はポン、と頭を撫でて言ったのである。 「現実で会えなくなっても、俺は死なねえよ。お前が思い出してくれるたび、生き返る。俺たちはみんなそうやって長いこと人に愛されて、何度も何度も生きて、蘇ってきたんだぜ」 「よく、わかんない」 「わかるって。大人になればきっと」 「……わかんないよ」  泣くもんか、と思っても所詮は幼稚園児。僕は結局、この日の彼との別れ際にちょっとだけ涙を零してしまったのだった。  この翌日。僕はクウヤに見事な一本背負いを決めて、初めてあいつを泣かせてやることに成功した。きっと、サクラくんが力を貸してくれたのだろう。先生には思い切り叱られたけど、それ以来クウヤくんが僕をサクラ組のことで誂ってくることはなくなったのは事実だ。  サクラくんが言う通り、この幼稚園の桜の木は僕が卒園してすぐなくなってしまったという。以来僕は、サクラくんとは会っていない。彼がもしどこかで生きていたとしても、二十歳を超えた僕がもう一度出会うことはきっとないのだろう。  それでも僕は、彼のことを忘れたことは一日足りとてないのである。  何故なら僕は彼に、とても大切なことを教わったのだから。 ――桜のピンクは、弱いやつの色じゃなくて。……僕みたいな弱っちい奴にも寄り添ってくれた、優しい君の色だよな。  忘れなければ、何度でも君は蘇る。  僕と共に、生きていく。
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