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高校一年の秋ごろには伊織がうちの高校を受験すると正式に進路を定めたようで、そろそろ推薦か何かで早めに決まりそうらしい。バイト終わりと伊織の塾の時間が被る時には、彼女の両親__と仲が良い自分の母からも頼まれていたこともあり、駅前から家まで一緒に帰宅することも多くなった。
「智也は最近よく”相園さん”の話を楽しそうにするね。私が入学できれば先輩になるのか。はやく会ってみたいな」
試作したお菓子を手土産に帰り道の世間話でそう言われた。両手で持ったマドレーヌに口をつけながら、伊織はころころと笑った。こうしていると年相応の少女らしい表情なのだが、彼女は普段真面目で人見知りなども相まって取っつきにくいと思われている。顔見知りだからこその距離感ではあるが、もっと自分の交友も広げてみてほしいと兄心で思っている。
だからこそ伊織を相園に合わせてみたかったのだ。きっと相園はこの気難しい伊織にも心地いい距離感でいてくれるに違いないと、自分の親友を信じていた。
そしてようやく入学式のすぐ後にその時がやってきた。
「はじめまして、あなたが”相園先輩”ですね。智也から聞いてお会いしたかったです」
「立花くんの幼馴染ちゃんだ!いおりちゃんね。めっちゃ可愛い!!わからないことは私に何でも聞いて!”まな先輩”でいいからね♪」
「はい、“まな先輩”」
「相園は親友なんだ、同性だと聞きやすいだろ?仲良くしてやってくれ」
思った通り、伊織は相園にすぐに懐いた。一人っ子で同性の友達もなかなかできない伊織にとって理想的な信頼できる先輩だった。
それまで相園と出かけていたカフェ巡りも、寄り道が解禁になった伊織も含めて三人でいることが多くなった。相園は今まで以上にはりきって店をリサーチすることが増えたし、店もスイーツがメインが当然増える。
変わったことと言えば、怖いもの見たさや珍しいからという博打な理由で店を選ばなくなったことだろうか。正統派な、かつオシャレで確実に美味しい店が増えた気がする。伊織も初めての体験に楽しそうで、ある日の帰り道に「どうしよう、お小遣い尽きそう」と見たこともない顔をしていた。対して相園は「立花くんのせいで太りそう」と悪態をつかれた。
自分の修行のほうも、バイト代を貯めて買いそろえた器具や材料で順調に続いている。家族や事情を知る人に試作として焼き菓子を作り続けたおかげでだいぶ自信が付き、今では店長にケーキのデザインのアドバイスをもらうようにもなった。その通りに作るようになれるまでまだまだ材料や工程について学ぶことが多い。専門に行く前に覚えられることは身につけておきたかった。
学校生活や私生活も軌道に乗る高校二年の秋に、伊織に頼まれて生徒会のメンバーになることになった。責任感のある彼女はあらゆる面で学校からの評価が高く、なんと一年生にして会長に当選してしまったのだ。自信もあったと思うが心細そうにお願いされてしまえば、学校生活の思い出作りもかねて了承した。
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