第3話

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***  なんだかんだ立花くんと絡むようになってから、何度かひとりでお菓子作りに挑戦したことがある。甘いものが苦手なくせに、気になる人の好きなことは興味が出てしまうのは仕方ないことにしてほしい。気が向いた時、SNSで簡単スイーツレシピがバズった時など、家でこっそりやっていたのだ。  彼にそのことを言うつもりは全くない。私が作ったものを食べてくれるのはほぼ家族で、変化に気づいた姉にはとやかく言われたが、ストレートな感想をくれるので自分が食べられない分助かる。  バレンタインで配るときは、作った方がコスパがいいことも分かってきた。 「細長い型にしたら、ガトーショコラたくさん作れそう……お姉ちゃん褒めてくれたし。ナッツ乗っけて焼けば見栄えいいかな?レシピさがそ」 「なんだ相園、お菓子作るのか?」 「うわっ!?立花くん、びっっくりした……」 「ひどいやつだなぁ、角曲がったらすぐ居たから声かけるタイミングずれたんだ」 「超びびった!距離近すぎ!あと背ぇ高いからってスマホのぞくの禁止!!」 「はは、悪いな」  悪びれる様子のない謝罪にむかついたが、両腕いっぱいに抱えている書類やら荷物の存在感がすごい。力を込めているからか、捲った袖からのぞく腕に浮かぶ血管を認めて見ないフリができなかった。 「あー……荷物重たそうだね、手伝おうか?」 「助かる。右手の紙袋何個か取ってくれるとありがたい」 「もらうね」 (いおりちゃんには絶対持たせないんだろうなぁ…まあ、私も持たせないけど) 「作るのか?お菓子」  自然と生徒会室に向かうために並んでに歩き始めると、彼はまた話を元に戻してきた。 「え?」 「さっきのだよ」 「作ったことないもん無理だよ~さっきのはネットでバズってたお菓子動画を探してただけ」 「短く編集してるやつか。ああいうのって簡単なんだが、代替え食品も多いから再現出来てるかわからないんだよな」 「立花くんきびしいな。いおりちゃんに適当なもの食べさせられないもんね」 「あいつは舌も超えてるし、いいものを知ってるから」 「はいはい、専属パティシエくん。どうぞ~」  両手が塞がっている彼の代わりに、生徒会室の扉を開けてやる。すると入るのかと思ったら、荷物を持ったままグッと身体をこちらに傾けてきて思わず少しのけぞった。 「ありがとう」 「っ……!」  何をしてるんだと戸惑っていたら、耳元に顔を寄せてそう言われた。ただのシンプルなお礼が、心地の良い低い声が、耳から思考を揺さぶってくる。ふつうに言えばいいのに、意味が分からない。 「あ、智也ご苦労様」 「待たせて悪いな」  ドア越しに部屋の中から聞こえてきた声に、身体がこわばった。あ、わかった。  私は女子の方では背が高い方。さっきのはまるで、いおりちゃんと話す時に少し身体をかがめるそれだ。 「やっほ~!いおりちゃん」 「まな先輩!なんだか久しぶりですね」  気づいたことを頭の端に追いやって、笑顔を張り付けてから遮られていたドアからひょっこり顔を出す。いおりちゃんがわざわざ作業を止めて立ち上がってくれる。本当にいい子だ。  なるべく入り口の近くに運んでいた紙袋を立てかけて、その場から立ち去る準備をする。 「立花くん、荷物ここ置くね」 「わかった。相園も寄っていくか?おやつがあるぞ」 「ううん、これから部活の練習だからごめーん。そっちも忙しい時期でしょ?」 「決算ですからね……軽音楽部はライブが近いんですよね、見に行ってもいいですか?」 「もちろん!いおりちゃんは書類とかで知ってるかもだけど、ポスター出来たら持ってくるね」 「はい、また」  心なしか嬉しそうな顔をしてくれるということは、純粋に慕ってくれているということ。それを手放しで喜べない自分がいる。  居心地が悪くなって逃げた自分が嫌いになる。  浮かない気持ちのまま下を向いて歩いていたら、角で人にぶつかりそうになった。 「あ、真奈先輩もこれから部室っすか?」 「そうだよ~りょうちゃん遅いね」 「日直の仕事だったんすよ。先輩は?呼び出し?」 「生徒会室に荷物運ぶの手伝ってたの」 「ふーーん、そうだ!相談なんですけど」  ちらっと私が来た方向を見ると、りょうちゃんはどうでもよさそうなトーンで相槌を打ちながら、おもむろにスマホを取り出して画面を操作した。 「おれ、これやってみたいんすよね」 「え、すごい!」  少し体を寄せ合って手元のスマホをのぞくと、”チョコレートフォンデュセット”という文字が写真と共に映っている。思っていたよりもコンパクトに収まる代物らしい。 「先輩はフルーツとか、いろいろできそうなやつ用意してくれません?」 「えー?真奈先輩のチョコはいらないのー?」 「だって先輩、甘いもの嫌いでしょ?」 「えっ……」  至極当然のように返ってきた後輩の言葉に私は絶句してしまった。そんな私をよそに彼は鼻歌を歌いながら画面をスクロールしながら「これも、あれも」といろんな種類のグッズを見せてくれる。  気づかれていないと思ってた。立花くんにさえ言ったことはない。  ーキャラじゃない。  ーあんなにSNSに写真あげてるのに。 ーもしかして写真だけ撮って残してるのかも。  想像し得る様々なネガティブなことが、頭の中を駆け巡った。無意識に呼吸を忘れて、急に変な汗が出てくる。 「部活中はいつも辛いのかしょっぱいのよく食べてるじゃないっすか。そっちの方が食いつきいいんで。それで、どうっすか?チョコ作るよりチョコっぽくないっすか?合作ってことで!」  りょうちゃんはあっけらかんとしていた。悪いことではないんだと、許されたような気がして、ホッと息をついた。 「チョコよりもチョコって……ふふ、わかったよ。いろいろ持ってくるね。チョコと道具は任せてもいい?折半しよ」 「はい!!」  後輩の見せる屈託のない笑顔に私は少しだけ救われたのだった。
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