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最終話
バレンタイン当日。
高校生ともなれば、授業中以外のことは常識の範囲で許容される。休み時間にクラスメイトの女子から受け取るお菓子に「ホワイトデーに持ってくるね」とそつなく返し、部活の時間を待つ。
立花くんとクラスが違うので、不用意に廊下に出なければ会うことはないはず。なんとか授業をやり過ごして部室に向かうと、普段集まりの悪いメンツとは思えないほどの気合でチョコパーティーの準備が進められていた。
「あ!真奈やっと来た!」
「うわ~部室めっちゃチョコっすね!!」
「りょうちゃんがチョコフォンデュセット持ってきたんでしょ!」
「だれか理科室でアルコールランプ~」
「いや怒られちゃうから!セットにキャンドルあるからおとなしくこれで温めて!!」
二人準備することを決めてから何度か打ち合わせをして、チョコの量や種類を決めた。この時期に売っているデコレーション用のチョコスプレーやクランチなどが好評で、みんな喜んでくれた。
「チョコフォンデュはりょうちゃんのアイデアなんだよ」
「へー!ほんとにできる子!」
「今日のMVPだ。多分、学校の中でもりょうちゃんが一番じゃん」
「へへ。真奈先輩が協力してくれたおかげっすから」
「めっちゃ写真取れた~」
チョコだけではなく変わり種を用意してくれる子もいて、今年のバレンタインデーは去年よりも息がしやすかった。
イベントごとにSNSを更新しないなんて、いつもの私ではありえないこと。だから今日撮った写真は、フィルターつけて、タグとメンションをつけて。当たり前のように投稿した。
#ValentineDay #お菓子パーティー #チョコレートフォンデュ #部室めっちゃチョコ(笑)
***
翌朝、昇降口のところでいおりちゃんに声をかけられた。彼女は優等生らしく朝早く登校しているため、この時間に会うことは滅多にない。寒かっただろうに姿勢よくピンと立っているのが彼女らしい。
「まな先輩おはようございます。昨日は会えませんでしたね」
「昨日は部活があってね~忙しい時に手伝ってあげられなくてごめんね」
「いや、こちらこそごめんなさい。いつの間にかそれがふつうだと勘違いしてしまって。真奈先輩に甘えてるんだと少し反省しました」
「そんなそんな!私が勝手に手伝ってるんだからさ~気にしないで!」
「それは!私が、やだ……から、これ」
いつも同級生にやってるように手をひらひらさせながら許すと、いおりちゃんは困ったように視線を泳がせて、頬を染めながらぽつりと言葉を落とした。
差し出されたのは有名チョコレートブランドのショップバッグだった。
「昨日まな先輩にあげようと思ったチョコです。私が作るには難しかったから、お店のでごめんね」
(ほんとうにいいこだよなぁ)
ケンカしたわけでも、気まずい関係になったわけでもないのに、恥じらうように不慣れな様子はとてもいじらしい。自分で勝手にぐちゃぐちゃにした感情がどうでもよくなるくらい、彼女という人柄が好きになる。
「うわぁ!これめっちゃおいしいって有名なやつ!!ありがと~!写真投稿する~♪いおりちゃんはだれかにチョコあげたー?」
「えぇ、執行部のメンバーに配りました。ここ最近は忙しいのに、みんな頑張ってくれてるので。智也もお菓子を作ってきてくれてちょっとしたパーティーみたいになっちゃって。忙しくなる前にみんなに息抜きできてよかった」
(執行部のメンバー……)
「よかったね!私は今年友チョコも用意してないんだよね~だから、ホワイトデー期待しててね☆」
「えっ!!」
流すように言えば、彼女らしからぬ大声をあげてびっくりしていた。いおりちゃんも大きな声ってだせるんだな。
「智也にはあげないんですか?」
「え~?立花くんの方がお菓子作り上手じゃん?あ、でも、食べたがってた有名店のとかあげたほうがよかったかな?」
「……智也は、真奈先輩のを楽しみにしてましたよ。手作りがどうのって、なんだかご機嫌で。だからてっきり昨日……」
目の前の美少女はありえない!といった表情をしながら急に青くなったり、思案顔でぶつぶつと何かを呟き始めた。百面相、かわいい。全部切り取っても絵になるなこの子は。
「は……?」
後ろでガサッと何かが落ちた音がした。振り返ると、表情が抜け落ちた立花くんがいた。腕が不自然な格好で止まっていたので、視線を下げると小さい紙袋が倒れていた。
「じゃ、じゃあ私は予鈴鳴るから教室行くね!いおりちゃんもほら」
「そうだね。ともや、」
ちょっとよくわからないシチュエーションに戸惑いながら、いおりちゃんをけしかけて私は逃げるように教室に入った。角を曲がるときに横目で、いおりちゃんが立花くんに何か必死に話しかけている様子を最後に見た。
チョコを用意していないことをあんなに驚かれるとは誤算だった。普段トレンドに乗っかるタイプの人間が違うことをすると、こうも不自然になってしまうのか。
(今年甘いものと向き合わなくて済んだのは、りょうちゃんの機転があったからだなあ)
ぼーっとスマホのホーム画面だけを眺めていたら、通知が入った。いおりちゃんからだ。
”今日一緒に生徒会室でお昼を食べませんか?”
いおりちゃんは友達同士のやりとりというものが慣れていないらしく、たわいもない会話ではなく基本的に必要な連絡だけをやりとりしていた。彼女からお昼を誘ってくれる時はままあり、こういうときは幼馴染である立花くんはいないからこっそり開催される女子会なのだ。
”いいよ(*´▽`*)”
朝のいおりちゃんの可愛らしさに頬を緩ませながら、了承の返事を送った。
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