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「そ、そうなんだ?」
「で、俺のは?」
いつもの会話のテンポですごいことを差し込まれた気がする。なんでそんな当然のことのように。
「は?立花くんマジでそういうとこ。朝も言ったけど、今年は友チョコやってないんだってば」
「軽音部のやつらにはあげてたんだろ?」
「あげたというか、いつもお菓子パーティーしてるからその延長だし……」
「俺のクラスの女子が、部活でお前の持ってきたやつが美味しかったって……」
「え、お菓子食べたかったの?いおりちゃんからもらったでしょ?ほんとに甘いもの大好きだね~?」
「…………」
なぜか食い下がってくる意味が分からずに、いおりちゃんのチョコで話を紛らわそうといつもの調子で振ったら、立花くんは肘をついて組んだ手にうな垂れた額を押し付けたまま、黙り込んでしまった。
何度か声をかけてみても返ってこないし、肩に力をいれてうつむく様子しかこちらからはわからない。あまりにも静かになったので息が止まったように思える。
「……相園のやつが、食べたかった」
「へ!?」
「甘いもの苦手なはずなのに、レシピ見てるってことは作る予定があるからだろ。なんだよそれ、俺だって食べたことないのに」
「ちょ、私苦手だなんて言ってないよ!」
「いや、今ので確信した。俺が作ったもので一番喜んだし、食いつきがよかった」
「は、はぁ!?そんなことないし!どこ見てんの!?」
「当たり前だろ、好きな奴に喜んでほしいから作ってたんだし」
「それを私で試さなくたっていいじゃん!いおりちゃんに餌付けしてるんだから」
「っ~!……口実がないとお前は食べてくれないだろ!!」
「……え??」
急に拙い言い争いが始まり、売り言葉に買い言葉でヒートアップしていく。お互い興奮して顔やら耳が赤い。珍しく大声を出した立花くんの言葉を最後にそれは止んだ。
待って?今なんて言った?
「何か口実がないと相園は知らないフリするし、昨日顔出さなかったのはそういうことだろ。お前はそういう付き合い方が得意なのはわかってるよ。でも三人で会えば自然についてきてくれるし、伊織の話をすると拗ねるのに我慢して笑うとことか。正直、伊織がお前を下の名前で呼んでるのも先越されて腹が立つ。あともっと言いたいこと言っていいのに飲み込むのも知ってる。そうやって人間関係を壊さないようにしてる繊細な性格だって……」
「ちょっと待って!ストップストップ!!」
「なんだよ、まだ話は終わってない」
「全然わかんない!頭混乱してきた……」
机を挟んでノーストップで語られる自分に関するあれそれを、立ち上がって両腕を彼の口元に伸ばしてふさいだ。さらにそれを彼の大きな手で両手首を簡単に掴まれて、少しずらされる。きゅっと込められた力にさっきから上がりっぱなしの心拍数に拍車がかかる。
「難しい話してないだろ。俺は相園が好きだ」
「ひぇ!言ったよこの人!」
「知らないフリさせてたまるか。この前も後輩と仲良く喋ってるのだって、焦った。少しは遠慮がなくなってきたと思って油断してたらずるずるとこうなってたから、まあ俺の落ち度でもあるよ」
「ぅ……」
恥ずかしさからぎゅっと閉じた目を、いつもの優しいトーンが戻ってきたことでそろそろと瞼を開いた。
真正面から交わる視線は、かつて自分が端から見ていた、うらやましいなと思っていたそれだったか。自分の視線がぐらぐらとずれようとする脳とは裏腹に、吸い寄せられるように熱のこもった目にとどまっている。
ずっと欲しかったそれは、私の思考を溶かすのには十分で。今までの分が蓄積されていたみたいに、周りからゆっくりゆっくり全身に染み渡るそれは。
「で、返事は?」
わたしには甘すぎる。 (了)
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