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パンツのポケットに手を突っ込み、桜の大きな幹に背中を預ける。まだ少し肌寒い季節の中、タツキが空を見上げた。枝には桜の花が一輪だけ咲いていた。
「おっせえよ。おっせえ!」
待ちくたびれたのか、ずるずるとしゃがみ込むと凭れた桜の木に頭をコツコツと打ちつけた。久しぶりに再会するその人を待ち望んでいた。
「待った?」
木の陰からひょこっと待ち人が顔を出す。変わらない柔らかく明るい笑顔。
「タツキ?」
名前を呼ばれると声の方へと顔を上げた。
「サクヤ」
久しぶりに見るその顔に二人の間を暖かい時間が――。
「おっっっっっせえよ‼」
「えー。今年は早く来たつもりなんだけどなあ。タツキ、ずっと待ってたの?」
くすくすと笑うサクヤから決まずそうに顔を背けると「待ってねえよ」とぽつりと言い返す。
「ほら」
タツキが手を差し出すとサクヤが嬉しそうにその手をとった。
「どこ行くの?」
「散歩だ散歩」
手を引かれて歩くその町は久しぶりで、でも以前とさほど変わってはいない。その景色をサクヤがきょろきょろと楽しそうに眺めながら歩いていた。
またすぐに離れ離れになってしまう関係。それを知っているから、その時までの時間を出来る限り一緒に過ごす。ひと時も離れる事なく過ごす。
一週間もたてば桜は満開に開花する。その光景を二人で見るのが好きだった。小川にそって桃色に彩る桜。それを川辺に座って眺めた。
通りがかった人がカメラを向ける。子供たちが桜のトンネルを楽し気に走り回る。休日には人々が朝から桜の下で宴会やピクニックを楽しむ。その光景を映すタツキの目は誇らしげだった。そしてそんなタツキを見るとサクヤはこの上なく嬉しかった。
強い風が吹けば、花を満開に携えた枝が重そうに揺れる。サラサラと流れる零れ桜の中にサクヤが立っている。上には桜雲、下には花の浮き橋。美しすぎる光景だった。
「サクヤ!」
タツキが叫ぶとサクヤが振り返る。「大丈夫、まだいるから」と困ったように笑う。
それでも雨の降る日はタツキを不安にさせる。そんな日はサクヤがタツキを優しく包み込む。まだそばにいられると分かっているのに、タツキはぎゅっと握ったサクヤの手を離そうとしなかった。
桜が散り始めると若い緑葉が現れ出した。まるで緑に追いやられるように桜色の花びらが散っていく。
「ねえ、緑色と桜色のコントラスト、綺麗でしょ」
はしゃぐサクヤに賛することは出来なかった。むくれたタツキの顔をのぞきこむ。
「こういう姿も、タツキと共有したいんだよ?」
やめてくれ、そんな儚い笑顔はやめてくれと、反抗しながらも顔を上げると大きく笑う。
「おう、俺もだ」
マイナスな感情なんて持つのはやめだ。俺たちには、時間が惜しい。
満開の桜から10日ほど。ついに枝のほとんどは新緑の葉となった。再開した木の下で、タツキとサクヤが最後の花弁を惜しんでいた。
「今年も楽しかったね」
「ああ」
「幸せだった?」
「……」
答えないタツキに「もう」とサクヤが眉を寄せる。
「タツキはこれからが本番だよ!」
サクヤの手を握るタツキの手に力が入る。
「タツキは、桜が嫌い?」
「嫌いだ。こんな短い間しか咲かない花なんて、嫌いだ」
「僕はずっとここにいるじゃない」
サクヤがタツキの胸を拳でとんと叩いた。
「会えなきゃ、会えなきゃ意味がない」
そう言ってサクヤを見ると、それはもう儚く霞のように笑うサクヤがいた。
「嘘だ! 全部嘘! 好きだ、桜が好きだ! 俺の誇りだ‼」
サクヤの顔がとても幸せそうに綻んだ。
最後の花びらがタツキの足元に落ちる。
目の前にサクヤの姿はもうなかった。
この辺りを散歩していたのだろうか。タツキを見つけた女の子が駆けて来た。桜の木にひしと抱きついた。
「ママあ! この木、泣いてるよお」
女の子の母親がやってくると、少女の前にしゃがみ込む。
「桜のお花が全部散っちゃったから、寂しいのかもしれないね」
母親が青々と茂る枝葉を見上げた。
「かわいそう」
木の幹に頬を寄せる。
「また来年になったら会えるよ」
「ほんとうに?」
「本当よ」と母親が微笑んだ。女の子が幹をさする。
「らいねんまた、あえたらいいね」
女の子にぽんぽんと頭を撫でられたタツキが涙を拭う。
「うん」と笑顔で頷いた。
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