13 決意

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「さっきは本当にありがとう」  校門を出た辺りで、香菜子が足を止めて言った。彼女は申し訳なさそうに俯いている。 「先輩、大丈夫ですか?」  直哉は心配になって言う。香菜子は微かに笑ってみせたが、どこか無理をしているような表情だ。  まだ顔色も悪いし、とても大丈夫そうには見えない。 「もしよかったら、家まで送りましょうか?」  直哉が提案すると、香菜子は驚いたように目を見開いた。 「さすがに、そこまではしてもらえないよ。これ以上迷惑をかけられないし」 「そう思うなら心配をさせるような顔しないでほしいな。それに今先輩のことを見捨てるのは駄目だって、僕の直感が言ってるんです」  直哉がきっぱりと言い切ると、香菜子は困ったような表情を浮かべた。彼女は少し気圧されたような様子だったが、やがて観念したように小さく息を吐いた。 「わかった」  と言って彼女は歩き出した。  それから二人はしばらくの間、無言で歩いていた。しばらくして、香菜子の方から口を開く。 「ごめんね」 「別に気にしなくていいですよ」 「うん」  彼女は短く答える。  直哉の頭の中に、先程の修司の言葉がよみがえってくる。 『――僕は、好きでもないのにキミと付き合ってあげてるんだよ』  あれはどういう意味なのだろうか。  てっきり二人は相思相愛なものだとばかり思っていたのだが、どうやら事情が違うらしい。  直哉は基本的に他人のことにはそこまで興味はない。だが、今はこの一件が妙に気になっていた。 「さっき、福島先輩が言っていたことなんだけど」  直哉は思い切って尋ねてみた。 「あれってどういう意味なんですか?」  直哉が言うと、香菜子は押し黙ってしまった。直哉はそれ以上追及はしなかったけれど、内心では続きを聞きたかった。 「……言葉通りの意味だよ」  しばらくしてから、ようやく香菜子が口を開いた。 「私が無理を言って、修司に付き合ってもらっているだけ」  香菜子の声は感情を含んでいない。彼女は淡々とした口調で続けた。 「本当は両思いでも何でもない。なのに恋人ごっこをしてるだけ」  その言葉に、直哉は何も言えなかった。  なぜだか、自分の胸にもぐさりと来るものがあったのだ。  直哉自身も好きでもないくせに、由佳と交際をしている。だから、こんな風に感じるのだろうか。  自分勝手な恋人ごっこに付き合わせて、なのに彼女をおざなりにした。美鈴に嫉妬をした由佳は、あんな悪意のある噂話を流してしまった。  その噂が原因で美鈴の母親が学校に乗り込んでくるという騒ぎになり、結果的に直哉は由佳を傷つけてしまうことになったのだ。  彼女に対して不誠実な態度を取っていることは自覚していた。  美鈴にも、腹黒いと言われていた。  なのに自分はあんな関係をいつまでもずるずると続けてしまっている。 (僕ってドくずじゃん)  普段、こんな風に自己嫌悪に陥ることなんてない。  だけど今は、ついそんな風に思ってしまった。 「ここでいいよ」  香菜子は立ち止まって言った。そこはまだ香菜子の自宅からは離れていそうだが、さすがに家の近くまで来られるのは抵抗があるのだろう。 「送ってくれてありがとう。それじゃあね」  彼女は薄く微笑んでみせる。その顔はどこか痛々しく見えたが、直哉はあえて何も言わず、手を振りながら彼女とは別の方向に歩き始めた。 (好きでもないのに付き合っているか)  直哉は何とも言えない気持ちのまま家路を急ぐ。  修司が香菜子と付き合っているのも、彼女を他の誰かの代わりとして利用しているだけなのだろうか。  だとしたら、それはあまりにも残酷だ。  そしてその残酷なことを、直哉も由佳にしてしまっている。 (やっぱり、このままじゃよくないな)  彼の足取りは自然と重くなり、やがて完全に止まってしまった。  直哉はぎゅっと拳を握りしめる。  これ以上、由佳とこんな関係を続けることはできない。  直哉は由佳に、別れを告げようと決めるのであった――。
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