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1 始まりの契約
桐島直哉は、その少女を人間だと思っていなかった。
自分でも失礼なことを考えている自覚はある。でも直哉には、彼女が妖怪だとか物の怪だとか、そういった存在に思えてならないのだ。
それこそこの学園に潜んでいるという『魔女』の正体が彼女だったとしても、驚きはしないだろう。
彼女、桜沢美鈴はクラスの中で浮いている存在だった。
黒々とした髪はぼさぼさで手入れが行き届いておらず、着崩された制服から覗く肌は病的なまでに白い。一重まぶたの瞳は冷たくて、何を考えているのかわからない。
だからといって不細工なわけではなく、むしろ顔立ちは整っている方だと思う。身長は女子の平均より少し高いくらいで、スタイルだって悪くない。
ただ彼女の醸し出す雰囲気から、どこか近寄り難いものを感じるのだ。
最近、彼女が気になって仕方がない。
それは断じて恋などではないと言い切れる。もっと不可思議で説明のつかない感情だ。
もしかしたら、これは親愛の情に似た何かなのではないか?
あまり会話を交わしたこともない癖にそんな風に思うなんておかしなものである。
それでも直哉にとって、彼女はそういう存在だった。
「――で、僕に何の用?」
放課後になり、直哉は美鈴に呼び出されて校舎裏までやって来ていた。そこはひと気のない場所で、普段は誰も寄り付かない。
「こんな場所に呼び出してどういうつもり? もしかして告白でもするの?」
冗談めかして尋ねると、美鈴は鋭い目を細めて試すような眼差しを向けてくる。まるで心の内側まで見透かされているような気分だ。
「わかってるなら話が早いね。あたしと付き合ってよ」
直哉は驚きに目を見開く。本当に交際を申し込んでくるなんて思わなかった。
「……僕、彼女いるんだけど」
「知ってる。だから、正式に彼女にしてほしいわけじゃない。恋人のフリをしてほしいんだ」
「つまり偽装恋愛をしたいと?」
「簡単に言えばね」
美鈴はあっさり肯定した。あまりにも堂々としていて逆に清々しいくらいだ。
「どうして僕なわけ?」
確かに美鈴は近寄りがたいが、彼女に興味を抱いている男子が少なくないことを直哉は知っている。
なぜ美鈴はそいつらにではなく、わざわざ自分に白羽の矢を立てたのだろう。
「周りの男子の中で、あんたが一番ムカつかないから」
「あまり嬉しくはない理由だなぁ……悪いけど、僕はキミの恋人役を引き受けることはできないよ」
きっぱりと断ってみせると、美鈴は整った唇を意地悪く歪めた。
挑発的でありながらどこか妖艶さを含んだ笑みには、不思議な魅力を感じさせられた。
「なら、あのことバラしちゃおうかな」
「あ……あのことって?」
動揺する直哉に美鈴は笑みを深めた。
彼女はスマートフォンの画面を操作してある画像をこちらに見せつけてくる。
映っていた物を見て、直哉は血の気が引くのを感じた。
「さてどうしようか? あんたがあたしの提案を受け入れてくれるなら黙っていてあげる。ただし断った場合は」
美鈴は一度言葉を切り、直哉の反応を楽しむように見つめてくる。
「あんた自身はいいかもしれないけど、これをバラされたら困る人がいるんじゃないかな」
直哉はぐっと歯噛みした。
本当なら今すぐにでもスマホを奪い取ってしまいたいが、相手が相手だけに下手に動くわけにもいかない。
直哉は一度深呼吸をし、冷静に答える。
「わかった。条件を呑むよ」
「ありがとう! これからよろしくね、彼氏さん」
美鈴は満足げに頷くとこちらに手を差し出してきた。
嘆息しつつも、直哉は仕方なくその手を握り返すのであった。
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