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4 魔女の校舎
目を開けると、そこには見覚えのある校舎が広がっていた。
直哉は重い体を起き上がらせる。どうしてこんな場所で気絶していたのだろうか。
確か美術室を出た後、廊下を歩いている途中で何者かに声を掛けられて……そして、気を失ったのだ。
さっき聞いた不思議な声は誰の物だったのだろう。女性の声だとは思うが、それだけしかわからない。
直哉はきょろきょろと周囲を見回す。
窓の外には夕暮れ時の景色が広がっている。
どのくらいの間眠っていたのかは定かではないが、それほど長い時間は経っていないはずだ。せいぜい十分か二十分ほどといったところだろうか。
「なに、ここ?」
空気が異様に冷たい気がする。先ほどまで放課後の喧騒に包まれていたはずなのに、今は全く人の気配を感じない。
さすがに自分が眠っている間にみんな帰ってしまった……という考えは現実的ではないだろう。
(もしかして、ここが噂の『魔女の校舎?』)
直哉はその考えに行き着く。
学園に潜んでいる魔女は獲物をこの世界に引きずり込むという話だ。
それはまるで夢物語のようで現実味のない話であったが、今のこの状況を見る限り信じざるを得ない。
「誰かいますか? いるなら返事してください」
直哉は大きな声で呼びかける。返答はない。
どうしたものかと思案するが、このままじっとしていても何も解決しないだろう。昇降口から外に出て状況を確認できないかと思ったが、残念ながら扉は開かなかった。
直哉は小さく息をつくと、ゆっくりと歩き出す。
まずはこの世界について知る必要があるだろう。
本当にここが魔女の領域だとするならば、校舎内に魔女がいる可能性もある。魔女はこの校舎に生徒を招き入れて、自分の奴隷になるかどうか聞いてくるらしい。
誘いに乗れば身も心も魔女に支配される。
誘いを拒めば、恐ろしい呪いをかけられる。
どっちにしろ洒落にならないことになるのだ。魔女に見つかる前にここから逃げ出さねばならない。
「!」
あてもなく歩いていると、直哉の視界に人影が入った。
一瞬、あれが魔女なのかと思って警戒したが、そいつは人ではなかった。
「あれは?」
一見すると女性のシルエットに見える。しかしその姿はぼんやりとしていてはっきりとした形がつかめない。
不思議な存在はゆっくりと廊下を歩いていき、二階への階段を上っていく。困惑しつつも直哉は後を追った。
これはただの直感だが、こいつは何かを知っているような気がしたのだ。
二階に辿り着くと、その存在はとある教室の前で立ち止まった。
美術室だ。
直哉が見つめていると、そいつは音も立てずにその場から消えてしまう。
「なんなんだよ」
直哉は呆然と呟きつつ、思い切って美術室のドアを開けた。
部屋の中は窓から差し込んでいる夕陽の色で染まっていた。それはいっそ幻想的なほど美しく、同時にどこかもの悲しさを漂わせている。
室内は綺麗に整頓され、イーゼルやキャンバスもきちんと片付けられていた。
そして窓辺では、一組の男女が仲睦まじそうに並んで外を見ていた。
二人はこちらに気付いていないのか、直哉が入って来ても全く反応を見せずにいた。
(あれは……浅岡さん?)
女の方には見覚えがあった。真っ直ぐな黒髪に、整った横顔。美術部の浅岡麗奈だ。
男の方は知らない顔だ。背の高い男で、おそらくは自分より一つか二つ年上だろう。
二人は談笑を楽しんでいるのか、お互いに笑顔を浮かべていた。
何を話しているのかまではよくわからない。
だが二人の間に流れている雰囲気はとても穏やかであり、そこにはただの知り合い以上の何かがあるように感じられた。
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