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(浅岡さんの彼氏……かな?)
直哉が考えている間にも、二人の会話は続いていた。
だけどそこに、なにか靄のような物が近づいていくのが見えた。それはどんどん大きくなっていき、やがては二人の姿を覆い隠すほどの物になっていく。
止めなければと思うのに、なぜか体が動かない。
「あ……」
次の瞬間には、さっきまで見ていたはずの光景は消えてなくなっていた。麗奈も、あの背の高い男子生徒も、靄のような物もどこにも見えない。
「なんだよ今の」
直哉はぼやくが、答えなんて出てくるはずもない。
けれどなぜ麗奈の姿を見たのかがとても気になった。直哉はもう一度周囲を確認するが、やはり誰もいない。
(とにかく、ここから出よう。ここにいたってどうしようもない)
直哉は自分に言い聞かせる。
そもそもどうして自分はこんな場所に来てしまったのだ。ここが魔女の校舎だとして、なぜ自分が狙われた。
ここへ来る前に自分が何をしていたかを必死になって思い出そうとする。
何か、こちらに来てしまうトリガーになるような出来事はなかっただろうか。
最後にしたことはなんだ。橘のことを考えて、気分が悪くなって、それで……気づいたらこうなっていた。
そこまで考えて思い出すのは麗奈のことだ。
ここに迷い込んでしまう前、最後に会話を交わした相手は彼女だった。
「……」
自分の思考が嫌な物になっていることに気が付いた。
先日会った時の彼女はこちらに対してあまり好意的ではなかったが、今日は向こうから話題を振って来た。
彼女が噂通り魔女に魅入られた人間だったとしたら、次の獲物を物色していたはずだ。そして直哉を、魔女の奴隷にするに相応しいかどうか品定めしようとしていたのではないか。
(まだ、答えを出すには早いな)
自分の考えを振り払うように頭を振ると、直哉は美術室を後にする。
これを麗奈の仕業だと結論付けるにはあまりにも材料が足りなすぎる。今考えるべきなのは、ここから出る方法だ。
直哉は廊下に出る。昇降口の扉が開かない以上、どこか別の出口を探すしかない。
窓は開くだろうか。もし開かなかったとして、ガラスを割って外に出ることは可能か。仮にそれが可能だとして、元居た空間へ戻ることはできるのか。
わからない。何もかもがわからない。
それでも、直哉は歩き出すしかなかった。
『どこへ行くの?』
突然聞こえてきた声にぎょっとしてしまう。
(振り返るな。こいつの顔を見るな。耳を貸しちゃいけない!)
直哉は必死に念じる。
『あなた……とても傷ついていて可哀想』
ねっとりと絡みつくような甘い囁きに、背筋が震える。
『私なら、あなたの理解してあげられる。だから』
女が耳元で囁いた。
『――私の物になって』
直哉は耳を塞いで走り出した。
「ああもう、なんなんだよ!」
直哉は叫ぶ。
どうして自分がこんな目に遭わなくてはいけないのか。理不尽にも程がある。
とにかく廊下を駆け抜け、少しでも距離を取るために足を動かす。だが、後ろからはあいつの気配がずっとついてきている。
どこまで行っても逃げられない。それどころか、少しずつ距離を詰められている気がしてならなかった。
直哉は焦りを覚えつつも階段を下りていく。そして一階のフロアに辿り着いたところで、背後に強烈な視線を感じた。
(やばい!)
直感的に理解した。
すぐそこまで迫っている。このままでは捕まってしまうかもしれない。
(どうすればいいんだよ!)
恐怖に駆られながら、直哉は必死に考えた。
『桐島!』
自分を呼ぶ声が聞こえてきた。それは幻聴なんかじゃない。はっきりと耳に届いた。
直哉はその声に導かれるようにして走っていく。
『桐島、どこにいるの?』
「この声……美鈴ちゃん?」
聞き覚えのある少女の声。
直哉はさらにスピードを上げて彼女に呼びかける。
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