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外に出ると、夕日に染まる空が視界に飛び込んできた。
「ありがとう。あんたのおかげでお婆ちゃんを安心させてあげられたみたいだ」
帰り道、彼女はそう言って微笑んだ。隣を歩きながら直哉は眉をひそめて答える。
「一体どういうつもりなの?」
「えー? なんの話?」
「あの人……もう、死んでいたんだよね?」
問いかけると、美鈴は嬉しそうに笑いながら顔を覗き込んで来た。
「お婆ちゃんはね、自分が死んだ後もずっとあの家にいたんだ。あたしのことが心配で、成仏できなかったみたい」
「それであんな芝居を打ったわけ?」
美鈴は愉快そうにしているが、直哉は複雑な気持ちだった。
あの老婆と対面してすぐに違和感を覚えた。彼女からは生きている人間が放つ生気のようなものが感じられなかったのだ。
恐らくは霊体か何かだったのだろうことは安易に想像できた。お茶と羊羹も得体が知れなくて手を付けることができなかったし、あの場にいる間は常に緊張してしまっていた。
「僕を彼氏役に選んだ本当の理由は、僕が『そういう存在』を感知できる奴だからでしょ」
確信を持って尋ねると、美鈴はあっさりと頷いてみせた。
昔から、人には見えない物が見えていた。
それは時に人の形をしていたり、動物の形をしていたり、あるいは形容のしがたい異形の姿をしていることもあった。
本来なら彼らは見えてはいけない存在だと、幼い頃からなんとなく察していた。それこそ曰くつきの場所へ足を運べば、普通ではない物を視認できるし、嫌な気配を感じ取れる。
だけどそれを人に明かしたことはない。少なくとも周囲の友人には隠し通してきたはずなのに。
直哉が黙り込んでいると、美鈴はくすくす笑い出した。
「あんたが仲間だってのはすぐにわかったよ。初めて会った時から不思議な感じがしてたからね。あんただって、そうでしょう?」
「それは、まぁ」
確かに以前から美鈴には奇妙な雰囲気を感じていた。他のみんなだって、彼女が普通の人間とは一線を画す何かを持っていると感じていたと思う。
だけど直哉はそれだけでなく、彼女からどこか自分と同じ匂いを嗅ぎ取っていたのだ。
「あたしも昔から色んな物が見えていた。さっき会ったお婆ちゃんだって、あたし以外の人には視認できなかったんだよ。でもあんたは違った。あんたは、あたしと同じように見える人だったんだ」
美鈴は嬉々として語りながら直哉の手を握ってきた。
「にしてもさ、もう少しやりようはなかったのかな? それこそ、僕を脅して協力させるのはどうかと思うよ」
「あんたを確実に味方にしたかったんだ」
「まぁ、いいけど。それよりちゃんとあの画像は消しておいてよ」
「何言ってんの? 悪いけど、あんたにはまだやってもらいたいことがあるんだよねぇ」
悪びれる様子もなく言う美鈴に、直哉は愕然とした。
「これからもあたしの手助けをしてよ」
「嫌だよ。僕はもうキミの彼氏役なんてごめんだ」
「あぁ、違う違う。恋人ごっこはどうでもいいの。もっと大事なことを頼みたくて」
そう言って美鈴は口元を歪ませる。その瞳には妖しい光が宿っていて、ぞっとするような冷たさを感じさせられた。
「一緒に『魔女』を捜してよ」
「魔女?」
「知ってるでしょ? 学園に出るという不思議な女子生徒の噂を」
もちろん、知らないはずがない。
その噂は直哉たちの通う高校では有名な話だ。
そいつは生徒の中に紛れて、普通の人間として生活している。
彼女はとても魅力的な笑顔で近付き、相手の心につけ込むような言葉を口にして自分の虜にしてしまうらしい。そして最後には、そいつは彼女の奴隷になってしまうのだとか。
「でもそんなの、ただの噂話でしょ」
「その噂のせいであたしは困ってんの。クラスの中には、あたしがその魔女だと思っている奴がいるみたいでさ。どうせあんたもその一人だろ?」
直哉がぎくりとするのを、美鈴は見逃さなかったようだ。
「安心して。あたしは魔女じゃない。だけどこのままじゃ学校に居づらくなっちゃう」
「だから僕に協力しろと?」
「あたしと同じで変な物が見えるんでしょう? あたしたち二人が力を合わせれば、魔女のことだってわかるかと思ってね」
「それは」
「断るなんて言わないだろ? だってあのこと、誰にも知られるわけにはいかないもんね」
美鈴は挑発的な眼差しで見つめてきた。
「頼むよ桐島。あんたが協力してくれる限り、秘密は守るから」
美鈴は妖艶に口元を歪め、直哉は無言で彼女を見つめ返す。
「……わかった。キミに協力するよ」
その答えに美鈴は満面の笑みを浮かべた。
弱みを握られている以上は逆らうことができない。
それに直哉自身も、魔女のことが気になっていたのだ。
(どうせ逃げられないのなら、噂の魔女を見つけてやろうじゃないか)
直哉は密かに決意を固め、彼女と協力関係を結ぶのであった。
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