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2 美術部の噂
この学園には魔女がいる。
魔女は普通の生徒のふりをして学園に潜んでおり、気まぐれに周囲の人物に魔法を使っては遊んでいるのだという。
その魔法には良い効果をもたす物も悪い効果をもたらす物もある。
例えば彼女に気に入られていた場合は、成績が上がったり、スポーツで活躍したり、あるいは恋愛が成就したりといった具合に。
逆に彼女に嫌われていた場合は、それまで健康だったとしても急に病気になったり、予期せぬ事故に遭って大きな怪我を負ってしまうのだとか。
だけどもっとも気を付けなければならないのは、彼女の力によって不思議な空間に引き込まれることだ。そこは一見すると普通の校舎だが、彼女に招かれた人間だけが足を踏み入れることのできる特別な場所。
そこで魔女は、自分の奴隷になるか否かという選択を相手に与える。
魔女の奴隷となった者は、彼女のように他人を魅了する力を手にできる。その代わりとして、身も心も魔女に支配されてしまうのだ。
そしてもしも彼女の甘い誘惑に逆らい、拒絶した者には恐ろしい呪いがかけられる。その日を境に、二度と元の生活に戻ることはできなくなるという。
それがここ、華咲学園で何年も前から囁かれている噂話だった。
――ある日の放課後、直哉は美鈴と一緒に教室を出た。
隣を歩く彼女はどこか楽しげで、まるでデートに向かう少女のように軽やかな足取りをしている。
「最近耳にしたんだけど、どうやら美術部員の中に魔女に魅入られた奴がいるらしい」
「魅入られたってことは、魔女の奴隷になっちゃったってこと?」
「そう。そいつは魔女に命じられて、次の獲物を物色しているんだって」
「そんな噂どこで仕入れてきたのさ?」
「ネットだよ。学校の裏サイトで話題になっていたんだ」
そう言って美鈴はスマホの画面を見せてきた。
そこには確かに『魔女の呪い』と題されたスレッドが表示されていた。これにはどうやら美鈴の名前も書き込まれているようだ。
「これは酷いね」
「ふざけた内容だよね。どうせこいつら、嫌いな奴を魔女扱いしてるだけの癖にさ」
憤慨する美鈴だが、直哉は冷静に考えていた。
魔女の噂については以前から知っていたが、こうして裏サイトで話題になるほど浸透していたとは予想外だ。
こんなオカルトめいた話が未だに語り継がれているなんて、非常に珍しいと思う。
「美術部に怪しい子がいるって話だけど、その子もキミと同じで謂れのない噂を立てられているだけじゃない?」
「その可能性もあるよ。だけど魔女と呼ばれている『何か』がこの学園にいるのは確かだ。あんただって感じているでしょ?」
美鈴は妖しく目を細める。
彼女の言う通り、この学園には何かがいる。それがどんな存在なのかはわからないが、入学した時から漠然とした不気味な気配を感じ取っていた。
そいつは常に学園中を見張っていて、隙あらばこちらを取り込もうとしてくる。
だから直哉はそいつの存在を意識しないよう努めてきた。おそらくは美鈴も同じように過ごしてきたはずだが、自分が魔女として噂されるようになったことで我慢できなくなったのだろう。
「で、とりあえず怪しそうな奴を片っ端から調べていこうってわけね」
「そう。でも残念ながら、美術部の誰が疑われているのかはわからない。だからあたしたちで確かめよう」
「確かめるって、もしかして潜入捜査的なやつ? 美術部に入部しろってこと?」
「桐島は理解力があって助かるよ。堂々と美術部に出入りするには、それが一番手っ取り早いからね」
「それは、そうだけどさ」
直哉は難色を示したが、美鈴は気にせず続ける。
「あんた帰宅部なんだから構わないでしょ。運動部で青春してたくせに『あの人』を避けるために辞めちゃったんだから」
「ちょっと!」
痛いところを突かれてしまい、直哉は思わず声を荒げた。
少し前まで、直哉は陸上部に所属していた。中学の頃からずっと続けていた部活で、高校に入ってからも真面目に取り組んでいたのだが、とある人物のせいで退部せざるを得なくなったのだ。
「あたしに逆らってもいいのかなぁ? あのことバラしちゃうかもよ」
「……わかったよ」
美鈴の脅迫に屈した直哉は、渋々ながらも承諾することにした。
「それじゃあ決まりだね。早速体験入部と行こうか」
美鈴は直哉の手を掴んでぐいぐいと引っ張っていく。
その強引な態度に呆れつつも、直哉は逆らうことができなかった。
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