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それからしばらくの間は、魔女に関する出来事は何も――少なくとも直哉の認識できる範囲内では起こらなかった。
だが代わりとして、別のトラブルが直哉の周囲を騒がせていた。
「ねえ聞いた? あたしがパパ活の末に妊娠したんだって!」
ある平和な朝のことだった。
直哉が登校して来るや否や、美鈴はいきなり彼をひと気のない場所へと連れていき、いきなり珍妙なことを言って来たのだ。
「キミは何を言っているの?」
「あたしがパパ活してるって噂は知ってるだろ。とうとう子供まで出来たことになってた」
そう語る美鈴の目は、心なしか楽しそうに輝いて見えた。
直哉はどう反応をすればいいのか悩んだが、美鈴がこんな調子なのでいつも通りに接してあげることにした。
「キミも大変だねぇ」
やや、気の抜けた声になってしまう。
「どうだ驚いただろ」
「その噂自体は僕も耳にしていたけど、それよりもキミの態度の方にびっくりだよ」
ここのところ、美鈴への悪意のある噂話が周囲で流れていた。
彼女がパパ活をしているという噂は以前からあったけれど、最近になってその話はより過激な物へと変化していたのだ。複数の男性と関係を持っているだとかどこぞの中年との間に子供が出来たとか、妊娠はこれが初めてではなく、昔一度中絶した経験もあるだとか。
いくら美鈴がしたたかな少女だとは言え、さすがにここまで酷い噂話をされたらかなりこたえるだろうと思っていた。
だから直哉だってかなり心配していたのに、こちらの予想とは裏腹に美鈴は平気そうな顔をしており、それどころかむしろこの状況を少し楽しんでいるようにさえ見える。
「でもさ、気を付けた方がいい。そういう悪質なデマを真に受けてキミに手を出そうとしてくる連中がいるかもしれないし」
「忠告してくれるなんて優しいな。なら、もっと優しさを見せてあたしを守ってくれるよね?」
「太々しいお願いだけど出来る限りのことはするよ」
友達としてね。という言葉を最後に付け加えると、美鈴はきょとんとした後で少し照れたように微笑んだ。
「じゃあ、あたしも友達としてあんたに心配かけないように頑張ろうかな」
「もう充分心配かけてるでしょー。キミただでさえ周りから嫌われてるのに、由佳にああいう態度取るし」
先日の出来事を思い出しながら直哉が言うと、彼女は肩をすくめてみせた。
「……あの噂を信じる気には到底なれないけど、確認だけさせて。マジで何もないよね?」
「あるわけないでしょー。妊娠どころか、こう見えてもあたし誰ともスケベしたことないからね」
胸を張って彼女は言う。
だったらなおのことあの噂にはもっと取り乱していいような気もするのだが、それをしないのが桜沢美鈴なのだろう。
「とりあえず、噂の出所を見つけないとね。で、何とか噂を止めないと」
「そして噂を流した犯人に校内放送で顔出しさせて謝罪文を読ませるってわけね!」
えげつないことを言い出す美鈴だが、やはり噂を流されている当人からしたらそれくらいの制裁は当然だと考えているのだろう。
「と、言うわけで後は任せたよ」
そう言って美鈴は教室とは反対方向へと向かおうとする。
「どこ行くの?」
「酷い噂を流されて傷付いたから教室に入れないもん。しばらくは保健室でサボ――休んでるね」
明らかに本音を隠しきれていない美鈴だが、彼女はそのまま去っていった。気が抜けたような安堵したような、不思議な気持ちになって来る。
涼し気な態度を取っていたし、多分そこまで悲しんではいないだろう。と言って、決して何も気にしていないわけでもなさそうだ。
少なからず腹は立てていそうだし、やっぱりそばにいてやった方がいいのかもしれない。
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