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それから朝のホームルームを終え、一時間目の授業を真面目に受けた後で美鈴の様子を見に行くために保健室へ向かおうとした。
けれど直哉が廊下に出ようとしたところで、後ろからぐいっと手を引っ張られた。
「直哉!」
由佳だった。彼女は、複数人の取り巻きの女子と一緒に不愉快そうにこちらを睨んでいる。
「もうあの子に構うのはやめてよ。あんな子と一緒にいたら、直哉が駄目になっちゃうよ!」
他の女の子たちも、由佳を置いて美鈴にばかり構おうとする直哉を非難してくる。
「あのさ、そっちこそ美鈴ちゃんを悪く言うのをやめなよ。確かにあの子は嫌な奴だよ。でも僕にとっては大事な友達だし」
「……ふーん。これを見ても、そう言えるの?」
意地の悪い口調でそう言うと、彼女はスマホを取り出して一枚の画像を見せてきた。一体何なのかと思って画面を覗き込むと、そこには可愛らしいワンピースを着た美鈴が、体格のいい中年男性と一緒に夜の街を歩いているところだった。
なんだか既視感のある光景だ。
(あの時に会っていた人、だよなぁ)
直哉は前にも、美鈴がこの男性と歩いているところを自分自身の目で見たことがあった。あの美鈴が、甘えるように身をすり寄せていたのが印象に残っている。
「この前あの子がこのおじさんと一緒にいるところを撮影したの!」
これってパパ活だよね。最低、気持ち悪い。あいつ尻軽じゃんという声がそこここから上がる。
「……これがどうしたの?」
直哉が首を傾げると、由佳を初めとして女の子たちは愕然とした表情を浮かべた。
「だってあの子、夜におじさんと会ってるんだよ!」
「まさかと思うけどさ、あの噂を流したのって由佳じゃないよね?」
直哉の反応が期待していたものと違ったせいか、由佳は苛立った調子で叫ぶように答えた。
「だから何!? だって事実じゃん!」
「でも妊娠だとか中絶だとかは嘘なわけでしょ。いくら美鈴ちゃんが嫌いだからって、そこまでするなんて幻滅した」
すると由佳はカッと顔を赤くして、甲高い声でわめき立てた。ほとんど、何を言っているのかわからないくらい激しい語調で、どうやらこちらを責め立てているらしいと言うことだけはわかった。
「そもそも直哉が悪いんだよ! 私の彼氏なのに、なんでそんなに冷たいの!?」
「由佳、ねえ待って落ち着いて」
とにかく彼女をなだめようと直哉は必死に言葉を尽くした。
泣き出してしまう由佳を抱き締めたり、思ってもいないような、耳に心地の良い優しい言葉を選んで落ち着くように言い聞かせた。
それでも心の中では彼女へ対する失望と、彼女にこんな行動を取らせた自分自身の汚さと狡さに嫌悪感を覚えていた。
――それからどうにか由佳も機嫌を直してくれた。
これ以上は変な噂を流さないこと。美鈴に謝罪をすること。という要求をしたら、また彼女が騒ぎ出したので直哉は辟易してしまったが。
再び由佳をなだめて、どうにか一緒に授業に出て、彼女の機嫌を取ることに集中した。
ようやくのことで「ごめんね直哉」という言葉が出てきた頃には、直哉はへとへとに疲れ切ってしまっていた。
だが、やはり彼女は美鈴へ直接謝罪することはしなかった。
そして残念ながら、この件のごたごたはこれだけで終わってはくれなかったのだ。
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