2 美術部の噂

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 美鈴はすでに顧問に話をつけていたらしく、二人はすぐに美術部の見学をすることができた。  室内は賑やかで、生徒たちの声で溢れている。 「あれ、桐島くんじゃない?」  名前を呼ばれ振り返ると、そこには同じクラスの女子生徒の姿があった。彼女は直哉の姿を目にすると周囲の女の子と一緒に黄色い声を上げた。 「やっぱり桐島くんだ! えぇーなんでいるの?」  直哉は一瞬だけ返答に困る。  まさか「魔女について調べている」などと言えるはずもなく、曖昧に笑いながら誤魔化しの言葉を口にする。 「実は絵を描くのが好きでさ。ちょっと体験入部させてもらおうと思ったんだ」 「へぇ、そうなんだぁ」  そわそわしていた彼女らの視線が美鈴に向けられた途端、その表情はあからさまに不愉快そうな色に歪められた。 「……桜沢さんも一緒なんて珍しいね。仲良かったの?」 「うん、あたしたち気が合うからねぇ」  美鈴は愛想の良い笑みを浮かべて直哉の腕にしがみ付いてきた。女の子たちはますます不満気な表情をする。 「それよりさ、せっかくだからみんなの作品を見せてよ。今はどんな絵を描いているの?」  直哉が言うと、女子生徒の一人が嬉々とした様子で近寄ってきた。 「これ見てよ。私の作品なの」  そう言って見せてくれたのはキャンバスに描かれた風景画だった。他の女の子もわいわいと集まってきて直哉に自作の絵や彫刻を見せてくれる。 「凄いなぁ。みんな才能があるんだね」  素直に褒め言葉を口にすると、少女らは嬉しそうに頬を染めた。  人の機嫌を取るのは得意だ。こうやって相手を持ち上げることは造作もないし、この特技のおかげでクラスでも上手く立ち回ることができた。  直哉があっという間にこの場に馴染んだ一方、美鈴の方は女子生徒らから遠巻きに見られていた。とは言え本人はまったく気に留めていないようで、美術部の活動をあまり興味もなさそうに眺めている。 (……さて、魔女の手がかりがあればいいんだけど)  直哉はさりげなく周囲に目を向けてみる。  魔女の噂については半信半疑だが、火のない所に何とかとも言うし、噂が発生した何かしらの理由は存在していると見ていいだろう。 「!」  その時直哉の目に飛び込んできたのは、奥の方で黙々と絵を描いている女子生徒の姿だった。  肩よりも少し伸びた真っ直ぐな黒髪の少女。前髪をヘアピンで留めていて、整った横顔にはどこか憂いを帯びたような色がある。上履きの色からして直哉と同じ二年生だ。  どことなく陰のある少女で、こちらを見向きもしない。  まるで世界を拒絶しているかのような雰囲気を放っているが、不思議なことに人目を引くというか、どこか惹きつけられるものを感じた。 「どうしたの桐島くん?」  不思議そうにしているクラスメイトに、直哉は少女の方へ視線をやったまま答える。 「あの子の絵、すごく良いなと思って」  つられてそちらを見た彼女は、僅かに眉をひそめてみせる。 「あー……でもあの子、ちょっと悪い噂があってさぁ」  悪い噂、と言いつつも彼女はどこか楽しげな調子だ。 「あの子、浅岡麗奈さんっていうの。一年の時から美術部で活動しているんだけどさ……あんな大人しそうな見た目なのに、色んな男子をとっかえひっかえして遊んでるらしいよ」 「それにやばい薬とかにも手を出してるんだって。なんか、悪い人たちに体を売る代わりに貰っているみたい」  女の子たちは声を潜めつつも、興奮気味にえぐい話を暴露してくる。 「えっと……マジ?」  直哉は再び少女―――麗奈へと目を向けた。  彼女の纏う空気感は、確かに普通ではない。だけど直哉には麗奈がそんなことをするような少女には到底思えなかった。 「でもぉ、男遊びが激しいってのは本当みたいだよ。実際に、あの子が他人の彼氏を略奪したって話もあるし」 「それに、準備室で先輩と――」 「ねえ」  冷たい声に一同はぎくんとする。振り返ると、浅岡麗奈が冷ややかな目でこちらを睨みつけていた。その瞳は暗く淀んでおり、感情というものを一切感じさせない。 「さっきからうるさいんだけど。静かにしてくれない?」  静かな声で告げられたその言葉に、女子生徒たちは体を震わせる。 「ご、ごめんね浅岡さん。気を付けるよ」  麗奈は無言のまま再びキャンバスへと視線を向けた。その背中からは何とも言えない威圧感があるが、直哉を戦慄させたのは別の点にあった。 「今の……見た?」  美鈴が小声で話し掛けてくる。  直哉は無言で頷くと、もう一度麗奈の方へと目をやった。  彼女の周囲に、薄気味の悪い影のような物が漂っているのが見える。それは人の形をしており、ゆらゆらと揺らめきながら消えてはまた現れるを繰り返していた。 (もしかして、あれが?)  直哉はその光景に、ゾクッとした寒気が走るのを感じた。
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