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15 美鈴の部屋
美鈴の家を訪れるのは、今回で二度目だ。
様子のおかしい美鈴を放ってはおけなくて、直哉は彼女の申し出を受けた。そこまではいい。
だが、さすがにこれは想定外だ。
「さすがに家に家族いないって思わないじゃん! 気まずすぎるんだけど!」
美鈴の家のリビングで直哉は叫んでいた。
「人んちででかい声出すんじゃないよ近所迷惑でしょ」
「うんごめん。それは悪かったと思う。でもお母さんが留守にしているってことを言わなかったキミもどうかと思うな」
「それ言ったら、あんたうちに来なかっただろー?」
悪童のように笑いながら、美鈴にはキッチンにお茶をいれにいく。
しょうがないなと直哉はリビングのソファに腰を下ろすが、やけにそわそわして落ち着かない。
それもそうだ。前回と違って今回は美鈴と二人きりなのだから。彼女の両親がいないとなると、なんだかいけないことをしているような気持ちになってくる。
まったく、美鈴には本当に困ったものだ。そうは思いつつ、彼女と過ごす時間はそこまで嫌いでもない。
美鈴がお茶をいれている間、暇を持て余した直哉はソファから立ち上がった。そのまま、リビングの端っこにある棚の前へ足を進める。
そこに置かれている写真立てに、美鈴と彼女の両親が映った写真が飾られていた。おそらくは高校に入学した時のものだろう。美鈴にしては珍しく、控えめでつつましい笑顔を浮かべている。彼女の隣では、幸せそうな笑顔を浮かべた両親の姿があった。
(ご両親は、美鈴ちゃんを大切に思っているんだろうな)
直哉は、自分の胸がちりっと痛くなるのを感じた。
それこそ彼女の母親は、娘の噂話を知って学校まで乗り込んで来てしまうほどだ。それだけ娘に愛情を注いでいたのだろう。
リビングの棚には、何冊かのアルバムが収められている。
直哉はそれを手に取ってぱらぱらとめくってみた。旅行先で撮影したと思しきものや、家で過ごしている様子を映したものもある。
美鈴は父親とはあまり似ていないが、母親の面影はあった。母子でお揃いの服を着て、楽しそうに笑っている彼女を映した写真がなんとも可愛らしい。
アルバムの中には家族仲の良さが伺える、微笑ましくて素敵な写真ばかりだ。けれど直哉は、なんとなく違和感のようなものを覚えていた。
家族三人で揃っている写真は、美鈴がある程度の年齢に達した時に撮ったものが多い気がする。
それ以前に撮られた写真は、どれも美鈴が一人で映っているものか母親とのツーショットばかりなのだ。
直哉が首を傾げながら写真を眺めていると、カップを持った美鈴がこちらへやって来た。
「なーに人ん家のアルバム勝手に見てるんだよ」
「キミがなかなか戻ってこないから暇を潰してたんだよ」
「悪かったねぇお茶いれるのに手間取って」
美鈴はそう言いつつも、特に気にした様子もなかった。
「じゃ、部屋にいこっか」
「え?」
と、直哉が聞き返すが、美鈴はさっさとリビングを出て行く。
「ちょっと、美鈴ちゃん?」
直哉は慌ててアルバムを棚に戻し、彼女の後を追い掛けた。
そのまま、彼女の部屋に招かれる。美鈴の自室はよく片付いていて、家具もシンプルな物しか置かれていない。美鈴が女の子らしい部屋を好んでいたらそれはそれで驚きだが、飾り気が無い部屋を使っているのも少し意外だった。
「適当に座ってて」
美鈴はそう言って、カップをテーブルに置いた。
まさか自室に招かれるとは思ってもみなかったので、直哉はますます落ち着かない気分になってしまう。
「ねぇ美鈴ちゃん、僕は密室で二人きりになったキミに今から襲われるの?」
「あっは。何言ってんのあんた」
直哉の言葉にも動じず、美鈴はベッドに腰を下ろした。そして自分の隣をぽんぽんと叩く。座れということだ。仕方ないので、直哉は彼女の隣に腰を下ろした。
「直哉くんがその気なら、襲っちゃおうかなぁ?」
「その気なんてないよ。お互いに、そんな気ないでしょ」
「確かにそうだ」
直哉の言葉に、美鈴はけらけらと笑い声を上げる。
「キミさー、ちょっとくらい危機感持った方がいいんじゃない? 僕は女子と二人きりになると危機感持つけどね」
「美人局的な意味で? それでよくついて来てくれたもんだ」
「キミの様子が変だったからね。ちょっと心配だったんだよ」
直哉が言うと、美鈴はバツが悪そうに顔を背けた。
「ま、いいや。ちょっとお話ししよ」
美鈴はそう言うと、カップを口につけた。
「……あそーだ、お菓子もとって来るから、ちょっと待ってて」
そう言って美鈴は立ち上がり、部屋を出て行った。
また放置されるのかと、直哉は苦笑してしまう。
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