3 直哉の弱み

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3 直哉の弱み

 直哉は桜沢美鈴に弱みを握られている。彼女に頼まれ、学園に潜む魔女を一緒に捜すことになったのだ。 (あの時……確かに浅岡さんのそばに何かがいた)  直哉は浅岡麗奈の周りを漂っていた黒い影を思い出す。  あれを見えていたのは自分と美鈴の二人だけだ。裏サイトで噂になっている魔女に魅了された美術部員というのは、彼女のことなのだろうか――。 「ねー直哉、聞いてるぅ?」  甘えた口調で名前を呼ばれ、直哉は我に返る。  向かい側の席で由佳が不満気に頬を膨らませていた。明るい色の髪に、長いまつ毛、二重まぶたの大きな瞳。  見た目だけなら綺麗なのに、口を開けば他人の悪口や噂話に終始している。 「ああ、うん。ちゃんと聞いてるよ」 「嘘ばっかり。上の空だったじゃん」  そう言って由佳はこちらを睨みつけてくる。  週末の午後、直哉は恋人と一緒にカフェでのんびり過ごしていた。だけど直哉の頭の中は他のことでいっぱいで、会話の内容がほとんど頭に入ってこなかった。 「直哉、最近変だよ。陸上部だっていきなり辞めちゃうしさ、何かあったの?」 「別に何もないよ」 「嘘! 絶対に何か隠している!」  直哉の返答に、由佳はますます不機嫌そうに唇を尖らせる。 「橘先生だって心配してたよ。直哉が最近元気ないけど、どうかしたのかって」  その名前を出された途端、直哉は肩を強張らせた。  橘とは陸上部の顧問であり、去年直哉のクラス担任だった男性教師である。まだ若く、端正な顔立ちをしている彼は生徒からの人気が高く、特に女子生徒からの支持が強い。  直哉もまた、橘のことをよく慕って相談事を持ち掛けたりする仲であったのだが――。 「……もしかして、桜沢さんのせい?」  不意に出てきた名前に、直哉は首を傾げる。 「え?」 「最近あいつに付き纏われているんでしょ? 直哉は優しいから、あの女のわがままに振り回されているんじゃないの?」  由佳は確信を得たような様子で語気を強めると、ずいっと身を乗り出してきた。 「直哉は知らないかもしれないけどさぁ、あいつパパ活してるって話だよ!」 「あ……えっ?」 「おじさんに媚びてお金貰ってるなんて気持ち悪くない? 何考えてるか全然わかんないし、迷惑してるんでしょ?」 「落ち着きなよ、由佳」  直哉は咄嗟に止めに入る。 「いくらあの子がちょっと変わっているからって、さすがにパパ活なんてしていないと思うよ」  直哉は美鈴の言動を思い出しつつ言った。  彼女は口が悪く、態度も大きい、生意気な少女だ。でも、死んだ祖母を安心させたいという優しさを持っていた。  直哉はまだ美鈴のことをよく知りはしないが、さすがに亡き祖母を悲しませるような真似はしないはずだ。 「は、何それ?」  美鈴を庇ったことがよほど気に入らなかったのか、由佳はまくし立てるように喋り出した。 「そもそも直哉がはっきり拒絶しないからあの女が付け上がるんだよ。もうこの際だからちゃんと言った方がいいよ。迷惑だから二度と関わるなって! そうじゃないと――」  ああ、やってしまったと直哉は密かに肩を落とす。  こうなると由佳はしばらく止まらなくなるのだ。直哉は紅茶に口を付けながら、仕方なく由佳の話に耳を傾けた。彼女の言葉が激しくなるにつれて直哉の中で不快感が増していく。 (拒絶なんて……それができたら苦労しないんだよなぁ)  美鈴が満足してくれるまで直哉は彼女に従うしかない。  だから仮に由佳の言っていることが事実だったとしても、直哉には関係がなかった。美鈴が誰と付き合っていようが、どんな悪評が立っていようが知ったことではない。  直哉にとって大切なのは彼女が約束を守ってくれるか否かだ。 (とにかく浅岡さんの周辺を探ってみよう。魔女について、何かわかることがあるかもしれない)  未だに続く由佳の長話を聞き流しながら、直哉はそう考えていた。
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