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週明けの放課後。
直哉はその日も美鈴と一緒に美術室へと向かっていた。
「今のところ一番怪しいのは浅岡さんだよね」
直哉の言葉に、美鈴はこくりと首を縦に振る。
「明らかに変な奴を連れていたからね。でもあれの存在を本人が気付いているかどうかは疑問だね。ひょっとしたら、自分に変なもんが憑いているって自覚すらないかも」
麗奈の周りに漂っていた影は、彼女に付き従うかのようにぴったりと寄り添っているように見えた。
しかし当の本人は平然とした表情をしており、その態度からは動揺のようなものは感じられなかった。
「美術部の子たちは浅岡さんをよく思っていないみたいだったけど、何かあったのかな?」
「浅岡は可愛いからねー。どうせ他の女子から嫉妬されて、あることないこと言われてるんでしょ」
「だとしたら浅岡さんが可哀想だよ」
「なら庇ってあげる? あんたは優しいもんねぇ。それこそ、好きでもない相手と付き合ってあげるくらいには」
美鈴は皮肉気に口元を歪めた。
その言葉を聞いた瞬間、直哉は体を硬直させる。
「なんのつもりでそんな嫌味を言ってくるわけ?」
「ただこういう性格なだけ。あんたみたいな奴を見ていると、やり込めたくなっちゃうわけ。あたし、性格悪いから」
美鈴は目を細め、挑発的な笑みを浮かべる。
「……僕だって、好きでこうなったわけじゃないよ」
直哉はそう答えると、逃げるようにして先に歩き出す。
するとそこへ唐突に声を掛けられた。
「桐島」
直哉はビクッと肩を震わせて立ち止まる。
今一番聞きたくなかった声に嫌々振り返ると、そこには橘がいた。
「何ですか、先生?」
特に意識したわけではないが、冷たい声が出てしまう。橘は少し怯む様子を見せてから口を開いた。
「最近お前が元気ないみたいだからさ……何か悩みがあるんじゃないか?」
「大丈夫です。心配かけてすみません」
直哉は素っ気なくそう言うと、足早にその場を離れようとした。だが橘はそれを許さなかった。
「もし力になれることがあれば、遠慮せずにいつでも先生に相談しなさい。一人で抱え込むのは良くないぞ。なあ、桐島?」
優しい口調で言うと彼はそっと手を伸ばしてくる。その手が肩に置かれる前に、直哉は一歩後ずさって距離を取った。
「本当に何もありませんから。部活があるので失礼しますね」
直哉はやんわりと拒絶して逃げ出そうとする。
なんて苛立つのだろう。陸上部を辞めたのもこんなあからさまな態度を取るのも、誰のせいだと思っているのだ。
「もう僕のことは気にしなくても大丈夫ですよ。それより、先生にはもうすぐ新しい家族が出来るわけでしょう? 僕のことなんかよりご自分のことを優先して下さい」
直哉がそう口にすると、橘の顔が一気に青ざめた。
その表情の変化にも苛々としながら、直哉は歩く速度を上げて彼の前から立ち去っていく。
彼の後ろを美鈴が愉快そうに笑いながらついてきた。
「あーあ。橘先生可哀想。あんたのこと本気で心配していたみたいだし、今のは効いただろうね」
「別に……キミには関係ないだろ」
直哉は吐き捨てるように呟く。
これ以上、彼女と会話を続けたくはなかった。
「あんたってほんと腹黒い」
美鈴は追い打ちをかけるかのように直哉の背中へ言葉を投げかける。
直哉は鋭い視線を向けるが、美鈴はどこ吹く風といった様子でさっさと歩いて行ってしまう。
(自分がクズなことくらい、わかっているよ)
そう心の中で毒づきながら、無言のまま彼女の後をついていくのであった。
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