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すると、それまでまくし立てるようにしゃべっていた胡桃沢さんは氷水を頭から浴びせられたようにシュンとした。
教室ではクールで大人しい印象だったけど、胡桃沢さんって本当はこんなに感情が豊かな人だったんだな……。
僕は破れた進路希望調査票を学習机の上に置くと、
「じゃあ」
と言った。
すると、胡桃沢さんがいきり立つ。
「『じゃあ』って何?」
「え? 帰るんだけど。もう由佳ちゃんから頼まれた用済んだし」
「私とこの子たちを見捨てるの?」
「何で僕が家族を捨てて家を出て行く夫みたいになってるの?」
しかし、胡桃沢さんはそんな僕の至極まっとうな質問を完璧に無視した。
「助けなさいよ! 人として助けるのが当然でしょ!」
僕はかなり驚いた。胡桃沢さんの強引な理屈にも驚いたが、それ以上に「通行人A」の僕にこんな要求をして来たことにビックリさせられた。そういう人は今まで出会ったことがなかったから。
だって「通行人A」に助けなんて普通求めない。もし求めるなら、それはもう本当にどうしようもなくて藁をもつかむ思いの人だけだ。
僕は少し沈黙してから言った。
「……いいよ。助けるよ」
すると、胡桃沢さんが僕の両肩をつかんでガクガク揺すった。この細い腕のどこにそんな力があるのかと訝るほどの強さで。
「ホントに!? ホントなの!? ありがとう! 本当にありがとう! ヒー君!」
「わかったから。そんなに興奮しないで。それと『ヒー君』ではない」
僕は胡桃沢さんの両手をつかんでゆっくり自分の肩から外すと、続けた。
「僕の親戚で農家をやっている家がある。その家ならこの子猫たちを引き取ってくれると思うよ」
すると、胡桃沢さんは涙目になった。
「あ、ありがとう……! 一生恩に着るよ、ヒー君……!」
「『ヒー君』ではない。とにかく今夜の内に連絡して頼んでみるから、OKなら日曜日に子猫たちを引き渡しに行こう」
「……ヒー君、ゴメンね。日曜日、模試のはずなのに」
胡桃沢さんが本当に申し訳なさそうに僕を見た。そういう目で見ないで欲しい。僕は渋々笑顔を見せた。
「ヒー君もたまにはこういうことをしても良いと思ってね」
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