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次の日曜日。胡桃沢さんの部屋に行くと、持って来たスポーツバッグに三匹の子猫を入れた。もう三匹は胡桃沢さんのスポーツバッグに入れる。不安になって鳴き騒ぐ子猫たちに胡桃沢さんが声を掛ける。
「大丈夫だよ。氷川君って、本当は冷たい人じゃないみたいだからね」
「胡桃沢さん、『みたい』は余計じゃない?」
すると、胡桃沢さんは慌てて誤魔化すように笑った。
「いや~本当に人は見かけによらないね!」
それはこっちのセリフだよ!
ガラガラの下り列車のシートに並んで腰を下ろす。子猫たちのために少しだけスポーツバッグのジッパーを開けてあげた。
二時間くらい目的地の駅までかかるな……。
そう思った瞬間、僕は妙に緊張して来た。隣では胡桃沢さんが半袖のポロシャツとひざ丈のチェックのスカートから白くしなやかな手足を伸ばして、ぼんやり車窓の向こうを眺めている。
そう言えば、私服姿の胡桃沢さんって初めてだな。この前はジャージだったし……。
そのとき僕は胡桃沢さんの小さなフルーツのような唇に髪が一本引っかかって風に揺れていることに気づいた。ドキッとして慌てて視線を逸らした。
すると胡桃沢さんが窓の向こうを見つめたまま言った。
「どうして学校行かないか聞かないんだね」
「そんなこと聞かれたくないでしょ?」
「うん」
そのまま無言でいる僕に胡桃沢さんは尋ねた。
「氷川君はさ。勉強する意味がなくなっても学校行く?」
「行くな。むしろ行く」
即答した僕に胡桃沢さんの声が少し硬くなった。
「どうして?」
「負けを認めたと思われたくないからな」
「誰に?」
「誰にも」
「誰にも?」
「この世界の人間全員に僕は負けたと思われたくない」
胡桃沢さんは黙り込んだ。ガタガタ揺れる列車の音が響く中、子猫たちの鳴き声が時折僕らの鼓膜をくすぐった。
胡桃沢さんが自嘲するような口調で言う。
「私、疲れちゃったんだ。嘘の自分を演じるの。学校で皆とうまくやるためだけに、大人しくてきちんとした子やってたから。氷川君はすごいよ。どんなときもありのままの自分だもんね」
「……アホじゃん」
「え?」
胡桃沢さんが驚いたような顔をして、僕を見た。その瞳にまっすぐな視線を向ける。
「僕だって演じてるんだよ。っていうか演じていない奴なんていないでしょ」
胡桃沢さんは一瞬目を見開き、呟くような声で言った。
「……そっか」
そうして、しばらく胡桃沢さんは黙り込んでから不意に強い口調で言った。
「でもさ、私はそれ何か違うと思うよ!」
「そう」
「私、頑張るから!」
「そう」
「ヒー君みたいに、世界の誰にも負けなんて認めない!」
「そう」
「そうしか言ってくれないの?」
「So what?」
胡桃沢さんは天を仰いで叫んだ。
「冷たい! やっぱこの人冷たいよ!」
僕は笑いをかみ殺した。
胡桃沢さん、学校来なよ。
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